テロを未然に防ぐことが難しいことは、他の国でもみられることだ。

しかし、もし今月上旬に治安当局がイスラーム過激派に目星をつけていたなら、後半にくるイースターが危ういと想定してもおかしくないはずだ。また、宗教施設やソフトターゲットに注意を払っていても不思議ではない。それにもかかわらず、21日前後に備えて特段の警備があったという情報はない。

政府の内部分裂は何を意味するか

こうして疑問だらけのテロ事件に関して、目を引くのは政府の内部分裂だ。

22日の記者会見でウィクラマシンハ首相は、爆弾テロの情報をキャッチしていたことを明らかにしたうえで、「なぜ防げなかったかを検証する必要」に言及している。

これは一見、自分たちを振り返る謙虚な発言と映るが、見方を変えると大統領への批判でもある。

スリランカではフランスやロシアと同じく、大統領が首相を任命し、首相が内閣を組閣する。首相は日常的に行政を統括するが、国防の最高責任者はシリセーナ大統領だ。つまり、「情報を探知しながら防げなかった原因を調査する必要がある」とウィクラマシンハ首相がいうことは、暗にシリセーナ大統領の責任を追及するということだ。

ウィクラマシンハ首相は2015年の大統領選挙でシリセーナ氏勝利を支えた論功行賞として、首相の座を確保した。しかし、両者はその後、経済政策などをめぐって対立が深まり、2018年にウィクラマシンハ首相はシリセーナ大統領に罷免された。これに対して、ウィクラマシンハ氏は憲法違反を訴え、裁判所が違憲判決を下して首相に返り咲いた経緯がある。

この視点から今回の事件をみると、ウィクラマシンハ首相にとってはシリセーナ大統領を政治的に攻撃する絶好の材料となる。ところで、ウィクラマシンハ首相はこれまでムスリムを迫害してきた仏教ナショナリストにも近い立場にある。

そのため、今回のテロ事件のさまざまな疑問を考え合わせれば、ウィクラマシンハ首相近辺もまた疑惑の目を向けられても不思議ではない。再びのテロを防ぐためだけでなく、この疑惑を明らかにするうえでも、スリランカには今回の事件の究明が求められているのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売
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