「共産主義者たちはとても『ハード』でした」

総距離250キロに及ぶ手掘りのトンネルは、今でこそ観光スポットになっているが、ベトナム戦争当時は南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)が米軍などとの戦いの拠点として用い、ゲリラ戦の激戦地になった。これまでに私が訪れた戦跡の中では、第1次大戦の戦場であるフランスのベルダンと並んで最も気がめいる場所だ。

ベトナム人のガイドたちは職務に忠実に、おおむねバランスの取れた説明をしつつ、民主主義、人権、経済的機会、個人の主体性についても語った。「大学生になって初めて選挙に行くと、既に教授が学生全員の票を共産党の候補に投票していました」と、あるガイドは言った。「これがこの国の民主主義の現実です」

「(共産主義者たちは)とても『ハード』でした」。南部でガイドしてくれた人物はそう言うと、言葉を選ぶように一瞬沈黙した。「そう......とても強い姿勢で私たちに接したのです。長い間、私たちにはチャンスがありませんでした」

ベトナムの経済は好調に見えると私が指摘すると、このガイドは言った。「私たちの国では、ほかの途上国やアメリカと違って、物乞いの姿を見ることがありません。働かないベトナム人はいません。必ず道はある。もし職がなければ、自分で仕事をつくればいいのです」

しなやかで柔軟性のある「バンブー外交」
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