こうしたことは、全て政治の問題だ。いくら情報機関が精度の高い情報と分析を用意しても、それだけではこれらの問題への答えは出ない。政治リーダーがある程度主観的な判断を下すことは避けて通れない。

新型コロナウイルスの感染拡大に対する安倍の対応は、これまでのところあまりに小規模で、あまりに遅い。遺伝的な要因や手洗いの習慣などの面で日本はほかの国と違う、と考えていたのかもしれない。しかし、データを見る限り、日本でも一挙に感染が広がり始めているようだ。

対応を判断することは、ある意味テロを事前に察知したり、パンデミックの発生可能性を正確に把握したりすることより困難だ。今夏の東京五輪は延期以外の選択肢が事実上なかったとは言え、リスクや損得のバランスを考えてその判断を下すのは安倍の仕事だった。

予定どおり来年夏に東京五輪が開催されれば、日本やほかの国々の情報機関の努力により、安倍の選択肢は広がり、大会はより円滑で安全に実施されるだろう。しかし、もし情報機関が新型コロナウイルスによる国家的な大惨事を予測することがあれば、五輪どころの話ではない。

<2020年5月5日/12日号「ポストコロナを生き抜く 日本への提言」特集より>

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2020年5月5日/12日号(4月28日発売)は「ポストコロナを生き抜く 日本への提言」特集。パックン、ロバート キャンベル、アレックス・カー、リチャード・クー、フローラン・ダバディら14人の外国人識者が示す、コロナ禍で見えてきた日本の長所と短所、進むべき道。
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日本政府はこれまでの五輪準備の過程で感染症のパンデミック(世界的な大流行)のリスクも考慮に入れていたはずだと、私は断言できる。もし来夏に五輪が行われれば、そのときは、円滑で安全な大会のために、情報機関と安全保障機関、公衆衛生機関が(しばしば国民の目に見えないところで)大きな役割を担うことになるだろう。