鬱屈した国民のガス抜き、大人の事情もあったはず

こんな番組であるから、当然、保守的な宗教界は激怒し、『ターシュ・マー・ターシュ』を見てはならぬとのお触れ(ファトワー)が幾度となく出されている。また、主役の俳優らに過激組織から脅迫が届いたことも知られている。

このような『ターシュ・マー・ターシュ』がお堅い国営テレビで放送されるようになったのはサウジアラビア社会の変化とは無関係ではないだろう。鬱屈した国民のガス抜きの意味はあっただろうし、大人の事情もあったはずだ。

たとえば、『ターシュ・マー・ターシュ』放送がはじまる少しまえに湾岸危機・湾岸戦争があった。このとき、サウジアラビアを含むアラブ世界のメディアはほとんどまともな報道ができず、国民はCNNやBBCでニュースをフォローすることとなり、国営メディアの権威は失墜してしまったのである。

外国の衛星放送に対抗して、国営放送が人気を回復するためには、ある程度踏み込んだ、国民が喜ぶような内容が必要だった。

また、メディアの検閲はそれまで宗教界が重要な役割を果たしていたのが、宗教界に代わって情報省が担当することになった点も大きい。とはいえ、宗教界がまったく検閲に関与しなかったわけではない。実は『ターシュ・マー・ターシュ』のエピソードのなかにはお蔵入りになったものも数多くあるそうだ。

情報省が関与しているとなれば、当然国王などのお墨つきを得ていたはずである。実際、アブダッラー前国王は『ターシュ・マー・ターシュ』の大ファンだったといわれている。

『ターシュ・マー・ターシュ』の放送がはじまって、もう30年近くなる。

2006年には『ターシュ・マー・ターシュ』はサウジアラビア国営テレビから王族とのつながりも強い民間放送局MBCへと移動し、2011年には放送を終了している。

この間、エンターテインメント分野にかぎっていえば、サウジアラビアは大きく変貌した。石油依存体質から脱却しようとする「サウジ・ビジョン2030」というプロジェクトでは経済の多角化が主要な柱となっており、そこではエンターテインメントや観光といった、従来であれば、ほとんど無視、あるいは敵視されてきた分野に注目が集まっている。

アブドゥルハーリク・ガーニムらが切り拓いた世界がようやく陽の目をみたのである。

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