大統領選は不正選挙と主張──第二・第三のシドニー・パウエルが民主主義を滅ぼす

2021年4月1日(木)16時30分
渡瀬 裕哉

<米大統領選で使われた投票集計機メーカーのドミニオンが、大統領選に不正があったと主張するシドニー・パウエル弁護士を名誉毀損で訴えていた。そこから見えるものとは...... >

米国ではシドニー・パウエル弁護士が選挙システム会社であるドミニオン社から約1300億円の名誉棄損訴訟を起こされている。それに対して彼女の弁護団が「(彼女の発言は)政治的方便なのだから一般的な人は信じるわけがない」という主張を法廷文書で展開し、米国のメディアが大きく取り上げる事件があった。

敗北した陣営が不正選挙を主張するのは風物詩だが......

米国大統領選挙では敗北した陣営が不正選挙の存在を主張することは風物詩であり、それ自体は何ら珍しいことでもない。実際、米国の選挙管理は日本とは違って極めて杜撰であり、各州の選挙運営ルール自体が党派的な側面も強く、民主党・共和党の両陣営がともに相手陣営にイチャモンをつけるために常に目を光らせている。そのため、大統領選挙のような派手な催しになると日常的な相互不信に根差した軋轢が一気に激化するのは毎度のことだ。

しかし、今回の大統領選挙においては、1月6日に起きた連邦議会襲撃事件のように看過できない事態が発生したことも事実だ。つまり、荒唐無稽な主張(政治的方便だったとしても)を繰り返す悪質なデマゴーグの影響がかつてないほどに強まり、あまりに多くのフェイクニュースがSNS上で氾濫したせいでファクトチェックが追い付かない事態が引き起こされてしまった。

プラットフォームを免責した米国通信品位法230条が原因

なぜ米国大統領選挙では、フェイクニュースが人々の手に容易に届けられるようになってしまったのか。フェイクニュースを垂れ流す人々の倫理観が急速に劣化したという仮説は間違いだろう。そして、問題の原因を、個人の資質ではなく、その仕組みの誤りに求めることは往々にして正しい解を得る方法である。

SNS上のフェイクニュースの氾濫は、SNSプラットフォーム事業に対する1つの法的な免責事項によって引き起こされている。それは1996年に制定された米国通信品位法第230条である。

米国通信品位法230条には「SNSプラットフォーム事業者は第三者によって行われた書き込みに対して法的責任を問われないこと」が規定されている。これは当時の連邦議会で黎明期であったインターネットビジネスを振興し、なおかつ言論の自由を同時に守るために取られた苦肉の措置であった。

通常の場合、メディアはその掲載内容に対して編集権限を持つため、当該内容について掲載責任を負うことにもなる。したがって、記事を執筆した人間だけでなく、メディア媒体の運営者も名誉棄損訴訟の対象になる。このような権限と責任の健全な関係性を免責することが米国通信品位法の第230条の本質であった。

法律によって特別な免責を受けたSNSプラットフォーム事業者は、その無責任な運営状況を限界まで拡大しつつ、世界中の個人情報を一手に握るビックデータ企業として大きく成長した。それらの企業は米国を支える経済基盤となり、米中間の戦略的競争を勝ち抜くための安全保障面からも重視される存在にもなっている。そして、多くの人々がSNSの利便性を感じ、情報を発信・収集することが常態化していることも事実だ。

「言論に対する責任」を根底から破壊する

今更、フェイクニュースの氾濫を防止するために米国通信品位法230条を改正し、本来SNSプラットフォーム事業者にメディア媒体の提供者としてあるべき権限と責任の関係を取り戻させることは極めて困難な状況にあると言えるだろう。

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