このインフレを「戦争のせい」と考えるのも、個人や企業への「補償」も間違っている理由

2022年4月20日(水)10時56分
ダニエル・グロー(欧州政策研究センター研究部長)

<現在のインフレについて「ウクライナ侵攻」はむしろ小さな要因に過ぎず、本当の要因を考えればおのずと正しい対応の仕方が見えてくる>

商品価格の高騰に、世界が揺れている。インフレ率はアメリカでも欧州でも数十年ぶりに7%を超えた。欧州の消費者の購買力は、1970年代の石油ショック時に匹敵するほど低下している。

パンデミックからの回復は失速に直面し、EUから日本まで、先進国にはスタグフレーションの危機が迫っている。

エネルギーや商品価格が高騰した最大の原因は、ロシアによるウクライナ侵攻だとみられがちだ。ロシアは世界最大級の石油・石油製品輸出国であり、小麦・大麦についてはウクライナと合わせると世界の輸出高の3分の1近くを占める。しかし、この説明を疑わざるを得ない理由が2つある。

第1に、現時点では戦争による石油や天然ガスなど重要物資の大規模な供給中断は起きていない。もちろん、近い将来に供給が不足するという予測だけで価格が上昇することはある。だが今のところ、そのような予測にはほとんど根拠がないようだ。

確かにウクライナからの小麦の搬入は止まっている。ウクライナの農家が畑を耕せないため、今年は収穫できそうにない。だがウクライナの小麦の生産量は世界の約3%にすぎない。一方、ロシアは11%を生産しており、生産も輸出も途絶えていない。

さらに、ロシアは「非友好国」に、自国通貨のルーブルで支払わない限り天然ガスの供給を停止すると最後通告を突き付けた。だが、欧州各国は脅しを無視している。ロシアが石油や関連商品を市場から引き揚げる気配はない。ほとんどの商品の供給は、戦争による影響を受けないはずだ。

価格上昇のほとんどが侵攻前に起きていた

現在の商品価格高騰の原因が戦争にあることを疑う第2の理由は、価格上昇のほとんどが侵攻前に起きていたことだ。

IMFの商品価格指数は2008年のピークを下回り、12〜13年頃の水準で推移している。天然ガスのスポット価格は、ウクライナ侵攻など予想されていなかった昨年末の「戦前」の水準並みだ。

では、エネルギーや商品価格の高騰の原因は何か。1つは経済学でいう「豚周期」だ。この言葉は、養豚業に見られる周期的変動に由来する。豚肉の価格が高いと生産者は飼育数を増やす。すると供給過剰になり、翌年は価格が下がる。そこで飼育数を減らすと、供給不足で価格が高くなる。

コロナ禍が引き起こした20年の不況による需要減退で、この動きは覆い隠されていた。だが欧州、アジア、アメリカの経済が力強い回復を始めると、需要増加に対応できるだけの余剰生産能力がなくなった。これが21年を通じて価格上昇の圧力となった。

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