「プーチン万歳!」と叫ぶロシア人の心理を、香港デモ取材から考える

2022年3月12日(土)09時51分
西谷 格(ライター)

<世界のかなりの国々がウクライナを支持しても、普通のロシア人の目にプーチンは「国民の利益を守る勇敢な真の愛国者」と映る。彼らがそう信じる理由を、われわれは「フィルター」をかけて排除していないか。香港デモの取材では、私たちから見て「悪」であるはずの人々にも、それなりの根拠や理屈があった>

ロシアのウクライナ侵攻が続いている。停戦協議が行われているが、プーチン大統領は強硬姿勢を崩さず、交渉は難航しているようだ。民間人向けの避難ルート「人道回廊」もうまくいくのかどうか、非常に危うい。

はじめに断っておくと、私はロシアの専門家でもなければウクライナ事情にも明るくない。そんな人間がウクライナ情勢を語る資格などないのかもしれないが、それでも語ろうとしているのには、理由がある。頭の片隅に、これまで取材を続けてきた香港デモの光景や当時のメディアの様相がオーバーラップするからだ。

ウクライナ支援の声は、世界中に広まっている。日本でも渋谷や表参道でデモが行われたし、楽天の三木谷浩史社長は個人名義で10億円をウクライナに寄付。東京都庁や京都・二条城は青と黄色のウクライナカラーにライトアップされ、ツイッターやフェイスブックでは、アイコンをウクライナカラーに変更した人もしばしば見かける。あの二色は、今や平和を願う反戦ムーブメントのシンボルカラーとなっている。ついでに言うと、鮮やかな明るい青と黄のコントラストは、視覚的にもたいへん美しい。

でも、私はほんの少しだけ、「私たちの見ている世界」が本当に正しいのかどうか、不安な気持ちになる時がある。念のために言っておくが、ロシアのウクライナ侵攻を正当化するつもりなど毛頭ないし、泥棒にも三分の理だとか、どっちもどっち論みたいな逆張りをしたいわけでもない。今般のウクライナ侵攻は、弁解の余地のない侵略行為にほかならない。ロシアの行為は、明らかに間違っている。

ただ、それでも言えることは、彼らはまったく違う世界を見ているということだ。「彼らの見ている世界」のなかでは、プーチン大統領はロシア国民の利益を守る勇敢な真の愛国者として存在している。彼らは「NATOの東方拡大によって自国の生存が危機に瀕した」と主張しているが、彼らの見ている世界のなかでは、きっと本当にそのように見えていて、心からそう思っているのだろう。

ウクライナ侵攻を自存自衛のための正当な武力行使と信じ、プーチン大統領の強行姿勢に快哉を叫んでいる人々がロシアにいる。しかも彼らは、きっと悪人ではない。私たちとあまり変わらない、ごく普通の人たちだ。だからこそ、始末が悪い。

香港デモの現場では、催涙弾の白いガスが漂う荒れ果てた繁華街の一角で、欧米のニュースキャスターが悲しげな顔つきで「香港市民たちは、民主主義を守るために立ち上がっています」と語っている光景に出くわした。当時から現在に至るまで、欧米メディアのほとんどは香港デモを「専制主義vs民主主義のために戦う市民」という構図で捉えている。

もちろんそれは大筋として間違っていないのだが、香港社会を知れば知るほど、そう単純な話ではないと私は考えるようになった。と同時に、日本のメディアの国際報道は、多分に欧米メディアの影響を受け、欧米寄りのものの見方をしている、とも自覚した。

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