中国「皇帝」習近平は盤石ではない、保守派の離反が始まった

2019年12月26日(木)11時05分
矢板明夫(産経新聞外信部次長、前中国総局特派員)

<米中貿易交渉での弱腰ぶりを、習政権を支持してきた保守派が「西太后」と猛批判。2020年には習政権の求心力に関わる3つの重要な選挙があり、その勝敗次第では――。本誌年末合併号「ISSUES 2020」特集より>

中国のインターネットの書き込みで最近、「李鴻章」という歴史上の人物の名前がよく登場している。日清戦争後の対日講和交渉で全権を務めた清朝の重臣で、台湾と遼東半島を割譲し、莫大な賠償金を日本に支払う1895年の下関条約に署名したことで批判され、100年以上経過した今も、漢奸(漢民族の裏切り者)と言われ続けている人物だ。


その名前が今になってネットに頻繁に登場するのは、彼の名前が習近平(シー・チンピン)国家主席の側近である劉鶴(リウ・ホー)副首相を指す隠語となっているからだ。対米貿易交渉で大幅な譲歩をした劉を、中国のネットユーザーは李鴻章のような「漢民族の裏切り者」と位置付けている。

12月13日に米中貿易交渉で「第1段階」の合意がまとめられた。その内容が中国国内に伝えられると、「鉄血社区」など複数の軍系・保守派サイトを中心に反発が広がり、「李鴻章をつるせ」「李鴻章を海外に追放せよ」といった書き込みが殺到した。

米メディアが伝えた合意内容の中に、中国に対し「アメリカの農作物の大量購入」などを義務付け、中国が合意を履行しているかどうかをチェックする権限をアメリカ側に与えたことも含まれている。「中国側に義務、アメリカ側に権利」という内容は、「まるで現代版の下関条約」と批判する意見もあった。

「李鴻章の後ろにいる西太后を打倒せよ」といった書き込みも見られた。下関条約が締結された当時、決定したのは清朝の最高権力者、西太后だったといわれている。そして今、李鴻章の後ろにいる西太后は、もちろん習を指している。こうした書き込みはネット検閲で削除される。しかしすぐにまた書かれ、削除が追い付かない状況だ。

保守派から突き上げを食らっている習近平だが(2019年11月の上海・国際輸入博で) ALY SONG-REUTERS

始まった保守派の離反

毛沢東路線に回帰し、共産党への権力集中を推進する習政権の前近代的なやり方を批判する書き込みはこれまでもよくあった。しかし、これまでの習への批判は、「天涯社区」など改革派学者などが集まるサイトが中心だった。

これに対し、保守系・軍系サイトは一貫して習政権を根強く支持する勢力だ。中国では保守派の人数は改革派の数倍おり、構成するのは公務員、昔を懐かしむ老人、退役軍人、農村部の青年といわれている。こうした保守派の存在が、改革派の間で不人気でも習政権がそれなりに安定して政権運営できた理由の1つだ。

しかし、2018年春から始まった対米貿易交渉で、保守派の習政権に対する信頼は少しずつ薄れていった。期待していたアメリカとの全面対決は全くなく、逆に弱腰的な姿勢が目立ったからだ。

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