ソフトウエアで走る車は信用できるか

2010年2月18日(木)14時31分
ファーハッド・マンジョー(オンライン雑誌「スレート」のテクノロジー担当コラムニスト)

 そんな未来を歓迎しない人も多い。ソフトウエアという不可解なものに車を任せるという発想が気に入らないのだ。アクセルとエンジンの機械的なつながりは誰にでも理解できるが、そこにコンピュータが介入するとわけがわからなくなる。

 しかも、プログラムには不具合がつきものだ。エンジニアの世界では、複雑なシステムに不備があるのは当然だと考えられており、マイクロソフトでは把握しているバグが500個以下になった段階で発売可能とみなされる。

コンピュータより人間のほうが危険

 トヨタは自社製品の電子制御スロットルの検査を、独立した別会社に依頼した。だが、複数のバグが重なってパソコンが起動しなくなった場合に同じ状況を再現するのが難しいように、運転中に発生したスロットルの不具合と同じ状況を検査会社がすべて再現するのは無理だ。

 プログラムのバグは、車のハイテク化の代償だ。コンピュータによって車は一段と複雑になり、その代償として不安定さは避けられない。

 だが、そもそも人間は本当に機械より優れているのだろうか。自動車事故の原因を調べた多くの調査はすべて、「圧倒的に多いのは運転手のミス」という結論に達している。

 だとすれば、車のハイテク化の最大の利点は、人間の意思よりコンピュータの判断が優先されるという恐ろしい事態にある。車で最も危険な要素は人間であり、ドライバーの役割が少なくなるほど事故で死ぬ人も減る。

 すでに、運転中の人為的ミスをカバーするプログラムの介入が始まっている。レーザー光線で他の車との距離を測り、接近しすぎたら自動的にスピードを落とす自動運航システムを搭載した車は多い。コンピュータがタイヤのスリップを監視し、必要に応じてハンドルを操作してくれる安全システムも登場している。
 
 人間よりコンピュータの判断を優先するなんて恐ろしい? そう言えるのは、人間が絶対に判断ミスを犯さないという前提に立っている場合だけだ。私はそんな前提は信じない。

 自分の車を運転しているのがコンピュータだと思うと、気持ちが萎える。だが、道を行き交う他人の車がコンピュータで制御されているのは大きな安心材料だ。

*Slate特約
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