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日本社会

日本の若者は「能力が高い」のに夢を持てないのはなぜか? 政治家だけが夢を語っている

2023年06月28日(水)10時50分
阿川尚之(慶應義塾大学名誉教授、著述家)

国語辞典を引くと、「夢」は「眠っている間に種々の物事を見聞きすると感じる現象」、転じて「実現が困難な空想的な願い」を意味する。

「将来実現させたい願い、理想」の意味でも使われるが、実現は難しいとのニュアンスが強い。人種差別の撤廃がいかに困難かを理解していたからこそ、キング牧師は「私には夢がある」と述べた。

政府が実現するのは政策である。政府が個人の夢を全て実現してくれるなら、一人一人が夢を見る必要はない。ただし、さぞかし退屈なユートピアが生まれるだろう。

実現した政策を既得権と受け取り、感謝せず、さらに多くを要求するだろう。政府は困難を乗り越えて夢を実現する喜びを、国民から奪っているのかもしれない。

しかし政府に頼る中高年はともかく、若者への期待を失う必要はない。国のために尽くす、立身出世を目指すといった夢は抱かなくなったかもしれないが、彼らはもっと多様で個性に満ちた夢を見ている。私はそう思う。

岡山市の某県立高校で、大学へ進むことの意味について講演した時に、緊張した表情で一人の男子生徒が手を挙げた。

指名すると、「先生、僕はアメリカンフットボールが何よりも好きなんです。アメリカへ渡ってアメフトの仕事をしたい。でも選手にはなれないし、成績は良くない。英語もできない。それでも夢を実現したい。今から英語を真剣に勉強しても、遅すぎるでしょうか」。最後は少々涙声になっている。

私は「全然遅くない。君のすてきな夢を大切にしなさい。叶える道はいくらでもある」と励ました。あの生徒はその後どうしているだろうか。

それに何かがきっかけで、やるべきことが突然はっきりすることがある。2011年春の東日本大震災がそうだった。当時も覇気がないと言われていた若者たちが、続々と被災地へ向かい、被災者援助に力を尽くした。

たまたま大地震の日に激震地を旅していて動けなくなった慶應大学の学生が、その夜ネット上を多くのメッセージが飛び交うのを見て、これを日本中に、さらには世界へ配信する「日本のために祈る(Pray for Japan)」というウェブサイトを創設した。

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