また、冒頭で述べたように、米中対立が深まる現代国際政治においては、中国がデジタル技術を通じて権威主義を拡散し、それによって権威主義の台頭が生じているかのような言説がある。
しかし、多国籍なデジタルプラットフォーマーの排除に成功している国は中国以外にはほとんど存在しない。そのため、既に多国籍なデジタルプラットフォーマーに依存している国家が中国ほど強力なデジタル管理を国民に課すことも難しいだろう。
2024年は民主化の「第三の波」の発端となったポルトガルで独裁体制が打倒されたカーネーション革命の発生から50周年である。それを記念して、今夏、リスボンで開催されたInternational Political Science Association(世界政治学会)の会場に併設されたグルベンキアン美術館では、民主主義と美術館とAI(人工知能)の関係についての特設展示が行われていた。
その展示では、AIが提示する情報等が文化や歴史への正しい理解を阻害し、それが民主主義をもゆがめる危険性について警鐘が鳴らされていた。既に、デジタル技術は私たちの日常にも影響を与えており、それが政治にも影響しているのである。
『第三の波――20世紀後半の民主化』(川中豪訳、白水社、2023年)を著した政治学者サミュエル・ハンチントンは、1991年時点で将来にデジタル技術を使いこなす独裁が現れる可能性を示唆していた。それが今、現実のものとなっている。
しかし、ここまで見てきた通り、デジタル権威主義には「強さ」だけでなく「弱さ」がある。その「弱さ」の一部は、民主主義の「強さ」の裏返しともいえるだろう。
権威主義の波が訪れているともいわれる現代、デジタル技術を再び民主主義の「強さ」に結びつけることができるか。世界的な選挙の年でもある今年、それが我々に問われている。
大澤 傑(Suguru Osawa)
愛知学院大学文学部英語英米文化学科准教授。防衛大学校総合安全保障研究科後期課程卒業。博士(安全保障学)。専門は政治体制論(特に権威主義)、安全保障。他に、防衛大学校国際関係学科非常勤講師。主著に、『「個人化」する権威主義体制――侵攻決断と体制変動の条件』(明石書店、2023年)、『独裁が揺らぐとき――個人支配体制の比較政治』(ミネルヴァ書房、2020年)、『米中対立と国際秩序の行方――交叉する世界と地域』(東信堂、2024年[五十嵐隆幸と共編])など。
※本書は2022年度サントリー文化財団研究助成「学問の未来を拓く」の成果書籍です。
『デジタル権威主義――技術が変える独裁の"かたち"』(芙蓉書房出版、2024年)
大澤 傑[編著]
芙蓉書房出版[刊]
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