アステイオン

地政学

「新しい地政学」の時代

2020年05月12日(火)
熊谷奈緒子(青山学院大学地球共生社会学部教授・新しい地政学の時代における国際社会を考える研究会メンバー)

研究会では、古典的地政学の起源と理論が解説され、国家の歴史やアイデンティティの影響や、科学技術発展による宇宙やサイバースペースへの空間の拡大がもたらす新しい地政学の構図が示された。さらに、グローバル経済に参加しだした権威主義諸国の経済戦略がもたらす政治的影響が明らかにされ、それに抗しての自由民主主義陣営の再建の重要性も説かれた。

一方で、地理的環境の継続的な影響は、現代世界の米中対立や、中東、アフリカ、ヨーロッパ、東南アジアなど世界各地の武力紛争や、その紛争解決のための国際平和活動にも、広く表れていることも包括的に明らかにされた。

さらに研究会の関心は、国際協調と地政学の相克の来歴と行方にも向けられた。国際保健協力は、地政学の影響を受けながらも、専門家による高度専門事業として発展してきており、それは、トランプ政権の一国主義に対して、国際協調の砦となりうることも見出された。

そして、地政学のハートランドやリムランドに位置する国や地域の事例研究が行われた。そもそも「中東」や「アフリカの角」という地域概念自体が、地政学を反映しているという。そして、プーチンのグランド・ストラテジー、中東や「アフリカの角」での情勢が、それぞれの宗教的歴史的要素を反映した独自の地政学的様相を示していることも実証された。そして、日本の事例では、中曽根元首相の地政学的思考が、今日の国際情勢の大きな変化においても一貫性を持った説得力を持っていることが、中曽根氏の思想形成過程とともに明らかにされた。

これらの研究成果は、『新しい地政学』(東洋経済新報社、2020年)として出版されている。

人権を研究した私は、新しい地政学においては、イデオロギー化した人権が、人権の形骸化を招き、国際秩序を乱しうる点に注目した。日韓慰安婦問題において、元慰安婦の尊厳回復運動が、反日イデオロギーとなり、目的を十分に達成せず、研究発表の自由をも脅かし、さらには日韓の安全保障協力を阻んだのである。

人権尊重の世界的潮流の中で、ファシズムや共産主義との闘いを経たヨーロッパでは「記憶学(Memory Studies)」が、歴史認識問題を抱える日本では「和解学」が新しい学問領域として誕生した。これらの学問には、人権のイデオロギー化を防ぎ、リベラルな国際秩序を強化するような知的貢献が期待される。

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