それ以上に敏感なのが、大陸中国であろう。9月24日、中国国務院台湾事務弁公室の馬暁光報道官は、スコットランド独立住民投票について「台湾とスコットランドの問題は完全に異なる」と述べ、「一つの中国」の原則を堅持し台湾独立の主張に反対すると強調した(日本経済新聞、9月24日付)。付言すれば、北京は台湾独立の阻止に当たり、軍事的な選択肢を排除していない。
対する台湾民進党は、単なる事実上の独立を自認するだけでなく、党是として「国民」投票で独立をはっきりさせるべきとしており、このスコットランドの行方に自らの将来を重ねていた。選挙結果が明らかになった後に同党が出した声明では、「歴史的なスコットランド独立住民投票は、スコットランドの人々の自決や民主主義に対する確信を再認する結果となった。こうした民主的な共同体の一員として、民進党はスコットランドで起きた過程、ならびに連合王国政府が示した尊重と抑制とを支持する」とある。スコットランドを台湾に、連合王国を中国に読み替えれば、民進党の希求する東アジアが描けよう。
もちろん、このような東アジアが現出するには、現存する障害は余りに大きい。一つには、国内体制の問題が横たわる。連合王国は、議会制民主主義の母国であり、しかもその民主的安定は抜きん出ている。同じヨーロッパの民主国でも、同国に比べて民主主義の伝統が浅く、政治的安定度が低いスペインでは、憲法上の制約も相まって、カタルーニャの民主的な独立投票は、少なくともマドリッドの観点からすると公的には認められない。日本においても、スコットランドに類似した沖縄の住民投票が仮に追求された場合、それが実施されるかどうかは相当怪しい。ましてや、中国のような一党独裁の国が分離主義者と見なしている勢力の独立住民投票など、認められるはずのない絵空事でしかない。そのような投票がなされるのに不可欠なのは、ありそうにない想定、すなわち中国の民主化とその上での安定である。
同様に見込みは薄いが、不可欠なことは、東アジアの国際環境が平和的となり、政治、経済、社会、アイデンティティの多面にわたり共同性が醸成されることである。スコットランドの4割以上もの成人が独立を望み得たのは、それを取り巻く国際情勢が安定し、侵略の危機がなく、連合王国から脱退してもEUという広域共同体に包摂される見込みがあってのことであった。
こうして、スコットランドの、どこまで行っても平和的・民主的な出来事の含意は、東アジアにおける仮借なき現実を前にして、希薄になり、当面こと切れる。いま台湾の目は、おりしも進行中の香港における民主の試みに釘付けとなる。この行方は、香港・台湾・東アジアの将来にとり非常に重要な試金石となるだけでなく、西欧と東アジアの間に横たわる平和と民主の距離を改めて推しはかるものとなろう。
遠藤 乾(えんどう けん)
北海道大学大学院法学研究科・公共政策大学院教授
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