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日本

『「地元」の文化力 -地域の未来のつくりかた』の刊行に寄せて

2014年09月17日(水)
苅谷剛彦(オックスフォード大学社会学科および現代日本研究所教授 ・Uターンと地域文化研究会代表)

SUNTORY FOUNDATION

2013年の夏、最後の調査地、北海道壮瞥町での話は、当時やや体調を崩していた私に強烈な印象を与えた。昭和新山の麓が雪一面で覆われる2月、そこでは雪合戦の国際大会が開かれる。その関係者への聞き取りである。

たかが(といっては失礼だが)、雪玉を相手にぶつける、それだけのことを大まじめに議論し、精緻に競技化し、ゆくゆくは冬のオリンピック競技にまでしたいという野望をもつ。インタビューの後も侃々諤々。大の男たちが集まって、夏の暑い盛りに、雪合戦についてどうしてこれほど熱く語れるのか。雪合戦を仲立ちに、どうしてこれほど厚い人間関係が築けるのか。私の想像を超えた「妄想力」(本書5章熊倉純子さんの表現)の塊のような集団に出会った。このインパクトが、私に元気を与えたばかりか、その後研究をまとめるにあたってのリサーチクェスチョンを明確にしてくれた。

地域の文化活動と人の移動との間には、どのような関係があるのか。UターンやIターンをした人びとと地域とのつながりの中で文化活動の果たす役割は何か。このような問題意識をもとに、私たち「Uターン研究会」の面々は、サントリー地域文化賞を受賞した5つの地域を主な対象に、フィールド調査を行った。具体的な調査対象地と文化活動は、岩手県遠野市(遠野物語ファンタジー[市民参加型演劇])、長野県飯田市(いいだ人形劇フェスタ[交流型イベント機会提供])、北海道壮瞥町(昭和新山国際雪合戦[国際競技])、沖縄県沖縄市(琉球國祭り太鼓[創作舞踏集団])、茨城県取手市(取手アートプロジェクト)の5つである。さらには、それらの地域の特徴を全国の平均的な姿と比較するための質問紙調査を実施した。本書は4年近くにおよぶその研究成果をまとめたものである。

地域研究というと、経済や雇用の停滞による人口の流出や、それらがもたらす高齢化・人口減少といった「暗い」未来を予示するテーマが多い。最近話題となった「増田レポート」では、このまま大都市への流出と少子化が進めば、2040年までに日本の市町村のおよそ半分が「消滅」するかもしれないといった警鐘さえ出されている(日本創成会議〔座長・増田寛也元総務相〕)。

他方、今年の夏には、地方議員の政務調査費のずさんな使い方やそれへの弁明の幼稚さ(「号泣会見」)が表面化したりもした。地方が抱える問題の深刻さに比べ、それを解決すべき地方政治や行政の弱さが露呈したかたちである。こうした動きに照らせば、地域の未来は悲観論がベースになってしまう。その趨勢は簡単には否定できないのだが、別の見方はできないものか。違う視線で地方の未来を見通せないものか。

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