<イランで3回しか上映されず、ベルリン国際映画祭金熊賞&観客賞にノミネートされた『白い牛のバラッド』>

イラン映画界には、厳しい検閲があるだけでなく、映画人が制裁を科されることもある。ベタシュ・サナイハとマリヤム・モガッダムが共同監督し、ベルリン国際映画祭金熊賞&観客賞にノミネートされた『白い牛のバラッド』も、そうした制約と無関係ではない。

以前から女優として活動していたモガッダムは、政府から映画制作を禁じられているジャファル・パナヒがカンボジア・パルトヴィと共同監督した『閉ざされたカーテン』(13)にも出演。ベルリン国際映画祭でこの作品が銀熊賞を受賞したときには、ゲストとして映画祭に出席していたが、その後、彼女に3年間の出国禁止の処分が下された。その時点では仕事も許されなかったので、彼女は家にこもり、サナイハとともに脚本をたくさん書き、そこに本作の脚本も含まれていた。

ふたりは2015年に、共同脚本で、サナイハが監督、モガッダムが出演した彼らの長編デビュー作『Risk of Acid Rain(英題)』を発表しているが、本作の脚本はそれ以前に完成していたことになる。しかし、撮影許可が下りるまでに3年近くかかり、映画は完成したものの検閲による多くの削除を彼らが受け入れなかったため、イランでは正式な上映許可が下りず、3回しか上映されていないという。

死刑から1年、別の人物が真犯人だった

その物語は、殺人罪で死刑を宣告された主人公ミナの夫の刑が執行されるところから始まる。それから1年、テヘランの牛乳工場で働きながら耳の聞こえない幼い娘ビタを育てるミナは、裁判所から信じがたい事実を告げられる。夫が裁かれた事件の証人から新たな告発があり、再審の結果、別の証人が真犯人であることが判明したというのだ。

賠償金が支払われると聞いても納得できないミナは、担当判事アミニに対して謝罪を求めようとするが、門前払いされてしまう。理不尽な現実に打ちのめされるミナに救いの手を差し伸べたのは、夫の旧友と称する中年男性レザだった。やがてミナとビタ、レザの3人は家族のような関係を育んでいくが、レザはある重大な秘密を抱えていた。

サナイハとモガッダムのスタイルについては、監督のクレジットは単独ながら彼らのデビュー作といえる『Risk of Acid Rain』を振り返っておくと、人物に対する深い洞察や象徴的な表現がより明確になるだろう。

主人公は、ずっと独身のままで勤めていたたばこ会社を定年になり、同居していた母親も亡くなり、地方で孤独な生活を送る60歳のマヌーチャー。そんな彼は、30年も会っていない唯一の友人を探すためにテヘランに向かう。だがなかなか手がかりをつかめず、安ホテルに宿泊し、そこで出会った男女との間に友情が芽生える。

ひとりは、ホテルのクラークをしているカーベエ。彼は陽気に見えるが、ネットやマリファナで現実逃避し、いずれは火星に移住するつもりでいる。もうひとりは彼の友人である女性マソー(モガッダムが演じている)。彼女は同居する祖母の面倒を見ていたが、パニック障害で入院し、病院を逃げ出し、行くあてもないためホテルに居ついている。

彼らとマヌーチャーを結びつけるのは、女性が抱える問題だ。マソーはひとりでは退院の手続きをすることもできないし、些細なことで警察に連行されてしまう。マヌーチャーはカーベエに頼まれて、マソーのおじを装って彼女を警察から引き取り、退院の手続きにも立ち会う。そんなことから彼らは親しくなっていく。

孤独なマヌーチャーがどんな人間なのかは想像に委ねられているが、同性愛者と解釈することもできる。いずれにしても、サナイハとモガッダムは、彼の内面の変化を間接的な表現で巧みに描き出している。

「あなたの話はぜんぶ嘘だったんだろう」