映画ではそのシュテラが、ふたりの主人公と接触する。まず、戦争未亡人を装うルートとエレンとすれ違ったときに、彼女たちが知人であることを見抜き、エレンの名を呼ぶ。彼女たちはその声に反応することなく、歩み去る。それから今度は、ツィオマがカフェで彼女に出会う。学生の頃からシュテラに憧れていた彼は、驚くことに彼女を自分の隠れ家に誘おうとする。
シュテラが登場する場面は長くはないので、映画を観ただけではそれほど印象に残らないかもしれない。実はシュテラについては、彼女の同級生だったピーター・ワイデンがその悲劇的な人生に迫った『密告者ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女』が出版されている(本書では彼女の名前が、ステラ・ゴルトシュラークと表記されている)。
なぜここでそんなノンフィクションに触れるのかといえば、本書では、シュテラの人生だけでなく、当時のベルリンの日常や生き残ったユダヤ人たちの体験などが詳細に綴られ、この映画の格好の副読本になっているからだ。
ユダヤ人のなかには、それぞれにシュテラと出会ったことをきっかけに、自身の立場を見直し、国を出る決意をして、近隣の中立国スイスに逃れることで生き延びたふたりの男性もいた。同じようにシュテラに出会い、最終的に終戦を待たずにスイスに逃れるツィオマの体験も、彼らに重なる部分が少なくない。
本書を読んでいると、4人の物語の背景に1500もの物語があることを意識し、想像することができる。
《参照/引用文献》
『密告者ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女』ピーター・ワイデン 小松はるの・米澤美雪訳(原書房、2010年)