複雑に絡み合う麻薬をめぐる利害

 では、特殊チームを率いるマットは、なぜケイトにミッションの内容を詳らかにしようとしないのか。麻薬戦争のなかで、国防総省、FBI、CIA、DEA(麻薬取締局)といった組織の足並みが揃っているとは限らない。

映画『ボーダーライン』。監督ドゥニ・ヴィルヌーヴは、『ブレードランナー』の続編でも監督を務める。

 たとえば、80年代に全米に蔓延して問題になったクラック・コカインが、CIAが支援するニカラグアの反革命組織コントラの資金源になっていたことは、いまではよく知られている。ヨアン・グリロは前掲書でこの出来事を取り上げ、以下のように書いている。

「(前略)コカインの歴史を理解する上で、CIAの果たした役割は決定的なものだった。このことは、米国政府がいかに国外での麻薬戦争において統合的な方針を取れていなかったかを示している。DEAが密輸撲滅に力を尽くしている一方で、CIAはコントラの強化に血道を上げていた。そのために相棒の足を踏んでしまったのだ。同じような状況は各地の紛争で繰り返されている」

 マットは、国防総省やCIAの上層部が国益と考えるもののために活動しているといえる。これに対して、アレハンドロはマットと利害が一致しているように見えるが、立場や目的は違う。アレハンドロがコロンビア人であることと麻薬戦争を結びつければ、メデジン・カルテルのことが思い出される。かつてコカイン密輸を仕切っていたこの組織は、麻薬王パブロ・エスコバルが射殺され、弱体化していった。そして、北米自由貿易協定という自由化の流れのなかで、メキシコの密輸組織が台頭し、市場を支配するようになった。この物語はそんな背景とも無関係ではない。

家族をめぐる憎しみの連鎖

 しかし、アレハンドロの人物像に関して見逃せないのは、麻薬戦争の別の側面だ。最近では敵対者だけでなく、その家族を皆殺しにするような悲劇が目立っている。

 この映画では、特殊チームの活動と並行するように、国境のメキシコ側の街ノガレスに暮らすシルヴィオという男のドラマが挿入される。彼は妻と一人息子と暮らし、警官でありながらカルテルに関わっていることが徐々に明らかにされる。彼は生活のためというよりは、家族を守るためにそうせざるをえないのだろう。そんなシルヴィオの運命が、終盤でアレハンドロのそれと交錯するとき、アレハンドロを突き動かす個人的な目的がさらに際立つことになる。

 ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『灼熱の魂』や『プリズナーズ』には、家族をめぐる憎しみの連鎖というテーマが埋め込まれていた。この映画にも、アレハンドロを通して同じテーマが引き継がれている。

○参照/引用文献

『メキシコ麻薬戦争 アメリカ大陸を引き裂く「犯罪者」たちの叛乱』ヨアン・グリロ、山本昭代訳(現代企画社、2014年)

○映画情報

『ボーダーライン』

監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ

公開:ドゥニ・ヴィルヌーヴ

2016年4月9日(土)、角川シネマ有楽町ほか全国ロードショー

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