しかしこの映画は、兄弟の旅を通して砂漠化の現実を映し出すだけではなく、もっと深いメッセージが込められている。見逃せないのは、古代にまで視野を広げ、河西回廊を背景に遊牧民と漢族の世界が巧妙に対置されていることだ。

 この映画の冒頭に浮かび上がる字幕は、「紀元後初頭、チベット系遊牧民族が中央アジアへ進出」という表現から始まり、主人公となるユグル族について説明するだけでなく、河西回廊を様々な遊牧民が往来し、覇権を争ったことを物語る。

遊牧民の世界が農耕民的な価値観に作り変えられたらどうなるか

 一方、旅の途上で、兄のバーテルが何気なく入った石窟で見出すものも非常に興味深い。最初に目にする壁画には、紀元前120年頃に漢の武帝が遊牧民の匈奴を征討した際の出来事が刻み込まれている。さらに彼が別の石窟に入ると、壁や天井が文化大革命と大躍進政策の時代の新聞で埋め尽くされ、「人民公社よ永遠なれ」という標語が踊っている。

 この対置はわかりにくいかもしれないが、『オアシス地域の歴史と環境 黒河が語るヒトと自然の2000年』(中尾正義・編 勉誠出版)が参考になる。

 本書では、映画の舞台と同じ地域を対象として、現代の砂漠化を踏まえたうえで、過去の事例から学ぶために2000年の歴史が振り返られる。その記述によれば、漢が匈奴を駆逐した後の時代、紀元前二世紀から五世紀にかけてこの土地のオアシス群は遊牧地から農耕地へと変えられた。その後も断続的に農地開発が行なわれ、すでに水不足も起こっていた。

-----

 リー・ルイジュンの視点も本書のそれに近い。彼は、砂漠化をこの数十年の現象として描くのではなく、ユグル族を入口として古代から現代へとつづく長い歴史の流れのなかでとらえようとする。河西回廊で遊牧民と農耕民の勢力がぶつかり合っている間は、農地開発が進む時代があっても、伝統的な牧畜も受け継がれる。しかし、中華人民共和国が成立し、遊牧民の世界が農耕民的な発想や価値観で一方的に作り変えられたらどうなるのか。

 そんな危機感は兄弟のドラマにも反映されている。彼らの旅は最初はぎこちなく見える。父親と行動をともにしていた時間が長い弟は、砂漠に慣れている。母親が病弱だったために早くから祖父に預けられていた兄は、自分を要らない子だと信じ、移動する生活にも慣れていない。だから砂漠の旅が苦痛になるが、次第に祖父から授かった知恵を生かし、遊牧民らしくなっていく。

 しかし、そんな兄弟を予想もしない過酷な現実が待ち受けている。この先、伝統的な牧畜の価値が見直されたとしても、それを受け継いでいる遊牧民がいなければ復活させることもできなくなってしまうのだ。

【映画情報】

『僕たちの家(うち)に帰ろう』

公開:8月29日(土) シアター・イメージフォーラム他全国順次ロードショー

監督・脚本・編集・美術:リー・ルイジュン