このように、著者の息子に代表される若い世代の黒人読者を想定して書かれたエッセイなのに、発売後になぜか白人読者からも高く評価され、ニューヨーク・タイムズのベストセラーになり、ついに今年の全米図書賞の候補にもなった。

 話題になったきっかけのひとつは、ノーベル文学賞受賞者トニ・モリスンの推薦文だ。モリスンが「required reading(必読書)」と呼んだおかげで、ツイッターでも「モリスンがそこまで褒めるなら読まなくちゃ」という感じで盛り上がった。その 中には白人読者もたくさんいた。

 この思いがけない白人フォロワーたちに、Coatesは戸惑っているようだ。The Daily Beastの取材でも次のように不思議がっている。

「I don't know why white people read what I write(なぜ白人が僕の書くものを読むのかよくわからない)」、「I didn't set out to accumulate a mass of white fans.(白人のファンを大量に集めようとして書いたわけじゃない)」

 彼が言うように、白人読者を意識した部分はないし、そもそも彼は、白人の考え方に合わせたご都合主義の表現を嫌うライターだ。散文詩的なCoatesの文章を理解するのは難しいが、語っている内容は、歯に衣を着せない率直なものだ。

 アメリカは、黒人をモノとして保有し、使い、取引することで富と力を得た国であり、その歴史がアメリカの白人と黒人の間にいまだに深い溝を作っている。

 その深い溝を埋める方法を提案するでもなく、溝に橋をかけようとするオバマ大統領の手法にも賛成しない。多くの人々の努力で達成した進歩もさほど評価しない。そんなCoatesの言葉に、「じゃあ、私にどうしろと言うのか?」とフラストレーションを覚えたのは事実だ。

 だが、Coatesは、私のためにこの本を書いたわけではない。彼は、「わかってくれ」などとは頼んでいない。

 このエッセイは、白人が作り上げた都合のよい夢に没頭している国で、「黒人の肉体を持っていかに生きるべきか?」というCoates自身の人生の問いを追求する試みなのだ。

 最後まで読んでも答えが見つからないのは当たり前だ。著者自身がまだ答えを出していないのだから。

 Coatesは、簡単な答えを読者に与えてくれるほど親切ではない。息子にも「dream(夢見る)」ではなく、「struggle(あがけ)」と語りかけている。

 そんな読者への挑発が、このエッセイの価値であり、全米図書賞候補にも選ばれた理由だろう。