つまりはこういうことだ。どこか黒人的な匂いがするのに、いま流行りの多くの黒人写真家に見られがちなポリティカル・コレクト、あるいは黒人文化を前面に押し出すような匂いではない。アメリカ人でありながら、ストレートな白人アメリカ人の写真でもない。むしろ、ヨーロッパ的なムードを兼ね添えている。

そうしたものに、かつての日本的な何かと、加えてスミス自身の性格か、恩師であったというイギリスの写真家ブレット・ウォーカーの影響か、ユーモアの要素までが絡み合い、衝突し合っているのである。

これは彼女の写真の大きな魅力だ。アイデンティティーの危うさと作りものでない不協和音が、生のエネルギーを、それもステレオタイプ的な尖ったエネルギーではなく、むしろ柔らかな匂いのするエネルギーを解き放っているのである。

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そして彼女の写真は、すでに触れたように彼女だけを語っているのではない。スミスの作品には、彼女と同じようなミックス・アイデンティティーを持った人々の、この時代に生きる不安や思いが無意識にしろ現れているのである。それが必然と作品に大きな奥行きを与えている。

今回ご紹介したInstagramフォトグラファー:
Chieska Fortune Smith @chieskafortunesmith