<イスラムと西洋という2つの世界で育ってきたローラ・エル・タンタウィは、2011年のカイロの民主化運動に遭遇し、新たな自分探しの旅に出た>

自分探しは、その試み方やそれに費やす量の違いこそあれ、我々人間が直面する宿命的なものの1つ。それは写真家にとっても同じだ。それが写真家の作品づくりの中心になることもある。

今回紹介するローラ・エル・タンタウィもその1人だ。イギリスのロンクスウッドという小さな村にエジプト人の両親のもとで生まれ、その後まもなくカイロに移ったが、大人になるまでの人生の大半はサウジアラビアとアメリカで過ごしたという女性写真家だ。36歳ながら、ドキュメンタリーと自身の心象風景をオーバーラップさせた作品は、さまざまな国のアートギャラリーや美術館で紹介されている。インスタグラムで紹介している作品の大半も、彼女自身の心の動きをメタファー化したものだ。

エル・タンタウィを一躍有名にしたのは、2011年にカイロのタハリール広場で起こった民主化運動、ムバラク大統領を失脚させたエジプト革命である。その民主化の動きを、人々の感情の爆発と悲しみを、ノンフィクションでありながら、どこか画家のムンクを思わせるような、シュールなタッチで撮影した作品群だ。

彼女の経歴を知っている者なら不思議に思っただろう。なぜなら、エル・タンタウィは、アメリカで2002年から2005年までの3年間、フォトジャーナリストとして新聞社で働いていたからだ。それなのに、彼女の写真は新聞社での典型的な撮り方とまったく異なるのである。

だが、彼女のことをさらに知れば納得し、脱帽せざるを得ないかもしれない。すでに触れたように彼女は、イスラムと西洋という2つの異なる世界で育っている。それはある種、諸刃の剣のように彼女に大きな影響を与えた。異なる文化や価値観の中で生まれ育ったことが、彼女の感受性をより豊かにし、同時に彼女自身の中に大きな葛藤をもたらしたのだ。

【参考記事】仏教的かキリスト教的か、イスラム教的か、混乱させる写真

Hands That Say What No Words Should - London, UK 7/9/2016 #beyondhereisnothing #home #instagood #instamood

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米新聞社を辞めてカイロへ