とはいえ、こうしたことだけでは、レンが国際的に大きな評価を得ることはなかっただろう。欧米で同程度の写真家なら、せいぜい一時的に評価されるぐらいだ。
つまり彼の写真は、彼のアイデンティティと時代と重なって、写真そのものを超えた存在になっているのである。
現在の中国では性を公に語り、表現することはタブーだ。それを行えば政府から執拗に叩かれる。事実レンは、作品が猥褻性を持つという理由で何度も逮捕されている。また中国で展覧会を行えば、すぐさま中止になったり、作品を没収あるいは破損されたりしてきた。そうしたことが、彼の作品に計り知れない社会的なメッセージを付加したのである。
無論レン自身は、作品に政治的、社会的メッセージがあることを否定している。だが、彼がメッセージを意図的に発しているかそうでないかはそれほど問題ではない。問題は、オーディエンスがそう感じているかどうかだ。
世界各国の著名な写真批評家やキュレーターも含めて多くのオーディエンスが、彼の作品に自由のメタファーとメッセージを、その裏にいる何億人にも及ぶであろう中国の若者たちの思いを、少なくともそれに通じる何かを感じ取っているのである。だからこそ、猥褻性を超えて凄まじいほどの共感を生みだすのである。
追悼。
【参考記事】Picture Power 全身9ドルの服が語る中国の肖像
今回ご紹介したInstagramフォトグラファー:
Ren Hang @renhangrenhang