株式は元本の保証がないのに対して、債券は元本+利息が保証されるものです。その債券のなかでも最も安全な米国債に投資すべしというわけです。翻ってGPIFですが、そもそも日々の売買代金がわずか数兆円と市場規模の小さい東証一部市場に30兆円から40兆円近くの資金を投下するのですから、リーマンショックのような一日で市場が急転するような事態になった場合に、現金に換金することもままならない状況に陥る可能性があります。

 米国と言えば市場主義とのイメージから株式投資などもっとも積極的にしているのではと思われるかもしれません。確かにカリフォルニア州職員退職年金基金(英語の頭文字をとってCalpers、「カルパース」との通称名で呼ばれる)などは基金の50%以上を株式で運用してはいます。が、こちらはあくまでも「カルフォルニア州」の「公務員」の年金基金に過ぎず、その規模は30兆円前後とGPIFともOASDIとも比べものになりません。米国全体の公的年金の積立については余計な収益性を期待せず、元本割れしない事を最優先にと非常に保守的なスタンスを貫いているのです。

 株式投資の唯一かつ明白なメリットは、基金の収益を増やす可能性です。しかしながらそれは表裏一体であり、主なデメリットにもなりえます。どうなるかもわからない将来の収益だけを見込んでデメリットを鑑みないのはおかしな話で、国民の大切な資産であるからこそ、たとえ見劣りはしても債券の金利による利息収入の安定性と元本保障を確保する必要があるというのが米国のスタンスでもあります。

 OASDIやGPIFなどの大規模基金が株式市場に入ってくれば、大量の株式購入が発生するため株価にも大きな影響を与えることになります。民間企業の運営への株主としての影響といった問題も生じてきます。そして、実務面として、巨額の資金をリスクの高い運用に振り分けるのであれば、相当数のスタッフを要し、対象企業の財務状況のレビューを継続的に行うなど膨大なポートフォリオ管理が必要です。そのための破格の管理・点検コストも付随してきます。ちなみにカナダの公的年金は基金の規模は30兆円前後で、株式投資も50%ですが、人員は1000人。カナダにしても先述のカルパースにしても基金自体が主体性を持って運用に臨んでいます。GPIFはわずか80数名ですから外部委託をする以外方法はなし。倫理面での公正性や清廉性が保てるのか、主体性はもちろんのこと、投資をする際のコスト面や運用面での有効性、妥当性を的確に判断出来るのか。

 本来、政府が注力するのは株価の上昇そのものではなく、実体経済の回復、増強のはず。であるからこそ、成果として官邸が株価上昇を掲げることには本質的に違和感を覚えるものです。目先の株価上昇を成果とすることだけに目を奪われ、GPIFの出口戦略が明確化されてない。今頃になって直接投資の話が出てきていますが、改革とは名ばかりの、あくまでも政治主導で、巨額基金を運用する際の根本的な方式・方針もガバナンスも曖昧なまま見切り発車をしてきた証左でもあるでしょう。

 主体性も戦略も持たない投資家は「カモ」にもなりやすいものです。株価が急落して初めて、国民の資産の毀損とともに、問題の所在が白日に晒されるのでは遅すぎます。