オーストラリアの首相交代劇は、国外だけでなく国内のメディア、一般の有権者にとっても結構な驚きだったようだ。いくつかのメディアが「coup(クーデター)」という刺激的な比喩を使っている。
与党・労働党のラッド前首相は、07年の選挙で保守陣営から政権を奪取し、国民の高い支持率は一時70%を超えていた。それがどうしてここまで追い込まれたのか? オーストラリア在住のジャーナリスト、デボラ・ホジソンは「個人的な資質」が大きな要因だったと指摘している。
彼女によると「まるでロボットのようで人間的な魅力に欠けるラッドに、オーストラリアの有権者は辟易していた」。労働党はおそらく非公式の世論調査を実施し、ラッドが党首では今年の総選挙に勝てないと判断して、党内の有力者が中心となってラッド降ろしに動いたという。
日本の有権者には容易に想像できる話だ。ラッドはとても「根回し」が苦手な政治家だった。執務室にこもって周囲を自分の取り巻きで固め、そこからすべての指示を出す。結果としてラッドには党内に友人がほとんどおらず、どこの派閥に加わることもなかった。有権者にとって悪いことではないが、党内の他の政治家や閣僚メンバーは苛立をつのらせていた。
新首相のギラードは、労働党内でも左派で労組色が強く、以前だったら首相候補者には成りえなかった。しかし調整役としての能力、アドバイスを受け入れる柔軟さが買われて今回の登板となった。当然、初の女性首相という清新なイメージで総選挙を乗り切ろうという党幹部の目論みがあったことは疑いない。
選挙を前にして党首という「看板」を付け替えるのは、どうやら日本に限らず、支持率が落ちた政党の常套手段らしい。こうして選挙のたびに世論におもねっているうちに「政治=世論対策」になってしまわないか。そんな不安は感じさせる。
ー―編集部・知久敏之