イタリア政界が、またもやセックス・スキャンダルで揺れている。とは言っても今回の主役は、もはやスキャンダルの申し子と化したシルビオ・ベルルスコーニ首相ではなく、グイド・ベルトラーゾ防災庁長官だ。
ベルトラーゾは、昨年のG8(主要8カ国)サミットの会場として、約3億2700万ユーロが投じられた関連施設の建設事業の入札に絡んだ汚職疑惑で捜査対象になっている。
イタリアがこのニュースにショックを受け、新聞でも連日大きく報じられる事態になったのは、このスキャンダルがあまりにもベルトラーゾのイメージとかけ離れているからでもある。彼は勤勉な働きぶりと、まじめで冷静なイメージで国民から高い人気を誇ってきた男だ。どういうわけか、不真面目なはずのベルルスコーニの信頼も厚い。昨年のイタリア中部地震では救助活動を指揮し、ヒーロー的な存在になっていた。
そんな彼のために、贈賄容疑で逮捕された建設会社社長が企画していたのは「メガ・ギャラクティック・セックス・パーティー」と呼ばれる(言うまでもないが)性的な接待。果たして何がメガ・ギャラクティックなのかは分からないが、ベルトラーゾは同社長が所有するフィットネスセンターで、マッサージ以上の性的なサービスを繰り返し受けていた疑いがもたれている。
08年11月にはセンターに電話し、接待を要求するところを捜査当局が盗聴していたという。そこで彼は、「今、アメリカから帰国したところだ。今日の午後、フランチェスカ(ベルトラーゾの相手をしていたとされる女性)が空いているなら、ぜひ『徹底的な検査』を受けたい」と語ったとされる。
どうだろう。昨年、大騒動を巻き起こした買春疑惑でベルルスコーニが言ったとされる「プーチンのベッドで待っていなさい」発言に比べると、まじめな人柄が感じられる発言ではないだろうか。
とはいえ、今回の疑惑で2月10日には辞表の提出を余儀なくされてしまったベルトラーゾ。ベルルスコーニのように国民がスキャンダルに慣れっこになっていたり、「私は聖人ではない」と開き直ることもできないのが、まじめな男の悲しいところなのかもしれない。
――編集部・藤田岳人