これはある意味、僕たちがいかに「不合理」かを示していると、モロイは言うが、彼はより広い視野で見ることもできると指摘する。すなわち、僕たちは社会の中で生きているのであって、延々と取引を繰り返す単なる経済単位などではない。事実上、Bは1ポンドや1ペニーを拒否することで、Aの強欲さや反社会性を罰し、自分が損をしてでもAに教訓を与えているのだ。
当然ながらこの話を聞くとすぐに、僕は自分だったらどうするだろうかと考え、結局のところモロイに、僕がAだったらBに3ポンドを渡すだろうと言った。「自分の物」と考えている10ポンドをBと分け合う側なのだから、3ボンドならきっとBが受け入れるであろう最低限の額だろう、と推測したのだ。僕は自分の論理にとても満足した。「わあ、あなたは反社会的人間ですね!」とモロイは笑って言った。
サンクコスト(埋没費用)の罠
有名なことだが、2017年にノーベル経済学賞を受賞した行動経済学者のリチャード・セイラーは、自分の個人的な経験をもとに不合理な行動に関する研究をまとめた。僕だって、いくつか研究のネタになりそうな経験がある。これでノーベル賞を取れるかは怪しいけれど。
あるとき僕は、日本でサッカーの試合を見に出掛けたが、チケットは売り切れだった。とはいえ、たとえば土壇場で友達が来られなくなったとかで、チケットが余っている人がよくいることは、以前の経験から分かっていた。そこで、しばらく待ってみて誰かから買えるか試してみることにした。
案の定、チケットが1枚余っているグループを見つけた。問題は、僕は安いテラス席(約2000円)しか考えていなかったのに、彼らのチケットは一番高い席(約6000円)だったことだ。僕は、そこまでの金額は予定していなかったと言い、3000円でどうかと提案した。「もしかしたら6000円で買ってくれる人が見つかるかもしれないけれど、いなければ僕のところに戻ってきてよ」と、僕は言った。
彼らは5分ほどその場にとどまっていて、しばらく相談すると、結局チケットを売らずにスタジアムに入って行った。
いわゆる「サンクコスト(埋没費用)」だろう。3000円を「損」してまで6000円のチケットを売ってしまうことが受け入れられなかったのだ。あるいは、そんな安い値段で買おうとした僕を罰してやろうとしたのかもしれない(あるいはもしかすると、僕のことが気に入らなかっただけで、僕の近くで観戦するくらいだったら僕が提案した3000円なんて放棄して構わないと思ったのかもしれないが)。

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