ミシガン州ワイアンドットで靴のセールスマンをする父の下に生まれたマクナリーは、ラジオでクーパーの事件を知り、自分も一攫千金を狙えると考えたという。後年、マクナリーは振り返り、「紙切れの束のために、人生をほぼ丸ごと投げ捨てたようなものだった」と語っている。

同年6月の朝、マクナリーの計画は始まって間もなく綻び始めた。新しい機体と乗務員を要求し、1人を除く人質を解放した後、50万2000ドルを入れたバッグを腰に固定し、カナダへ向けてパラシュート降下する準備に入った。

海軍の退役軍人だったマクナリーは、実際には一度もパラシュートを装着した経験がなかった。インディアナ州上空で機外へ飛び出した瞬間、悲劇が起きる。

FBIから支給された予備のパラシュートが頭部に激突し、顔を打撲したうえ、現金の入ったバッグは夜の闇へと消えた。「信じられなかった」とマクナリーは語る。「叫び続けていた。『金がなくなった!』って」

5日後、マクナリーは所持金わずか13ドルの状態で警察に逮捕された。手にしたのは富ではなく、航空機強奪による終身刑2回という現実だった。2010年に釈放されるまで、彼は約40年を獄中で過ごすことになる。

刑務所生活もまた波乱に満ちていた。逮捕から6年後、マクナリーはある脱獄計画に巻き込まれるが、それも失敗に終わり、悲劇的な結末を迎える。

ヘリコプターを使った衝撃の「脱獄計画」とは?