今にして思えば前兆はいくつもあったと、彼の友人たちは言う。しかしどれも見過ごされた。ハワイ時代には両親の離婚があり、彼は神経衰弱に陥り、二度までも自殺を図ったとされる。

小柄な妻に対する態度もがらりと変わり、新聞を読むこともラジオを聴くことも許さなかった。妻の職場へは車で迎えに行くが、すぐに出てこないとクラクションを鳴らし続け、妻を乗せると猛スピードで走り去ったという。

自分の職場の向かいにあったサイエントロジーの教会とも険悪になっていた。チャップマンは「すごく敵意むき出しの男」だったと言うのは信者のデニス・クラークだ。彼の元には日に40回も「バン、バン、おまえは死んだぞ」という匿名の電話があったと言う。

それが急にやんだのはチャップマンがハワイを去り、運命のニューヨークへ向かった日のことだ。

<本誌米国版1980年12月22日号掲載>

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