妻が最初の子どもを出産したとき、ツェポ・ボルウィンケルさん(60)は喜びの一方で辛い記憶を噛みしめていた。ドイツ在住のトランスジェンダーであるボルウィンケルさんは、1990年代に法的に性別を変更するため不妊手術を受けざるをえなかったからだ。

ドイツの啓発団体である連邦トランスジェンダー協会(BvT)によれば、2011年にその義務が撤廃されるまで、少なくとも1万人が不妊手術を受けた。社会的な反発が強まっているにもかかわらず、欧州にはそうした措置を義務付ける国が複数残っている。

ライフコーチとして働くボルウィンケルさんが出生時に割り当てられた性は女性だった。トムソン・ロイター財団の取材に対し、「できれば、私が子どもを産めればよかったと思う」と語る。「(妻と)同じように出産できてもいいはずなのに」

ボルウィンケルさんは人称代名詞として「they/them」を使う。法的に男性として認められたことで「生きる力を得た」と言うが、子どもを産む能力を犠牲にせざるをえなかったことは嘆いている。

「私にとっては、法的なジェンダーを変えるか自死するか、2つに1つの選択だった。だから手術を受けたが、その代償は非常に大きかった」と語るボルウィンケルさんは、1980年制定のトランスセクシャル法をめぐる補償を求める約3年に及ぶ戦いの先頭に立った1人だ。

補償に踏み切った最初の国はスウェーデンだ。法的なジェンダー認定プロセスの一環として不妊手術を受けたトランスジェンダーの国民数百人に対して、約2万2000ドル(約286万円)相当の補償を行うことで2018年に合意した。

2年後にはオランダがこれに続き、政府の謝罪とともに5000ユーロ(約69万円)の補償を提供した。

そして今、社会民主党、緑の党、自由民主党の連立によるドイツの新政権も、同様の補償措置を計画している。

ベルリンを本拠とする人権擁護団体「トランスジェンダー・ヨーロッパ」によれば、運動関係者は、ドイツの変化を契機として、フィンランドやチェコ、ルーマニアなど、今もなおジェンダー変更のために不妊手術を義務付けている国々でも変革が加速するのではないかと期待しているという。

プラハを拠点にチェコにおける不妊手術義務付けに反対する運動を進めているトランスジェンダー人権擁護団体「トランスペアレント」の共同創設者ビクトル・ホイマン氏は、「ドイツの変化は私たち、そして私たちの国にとって、とても大きな意味を持つだろう」と語る。

しかし3月末には、チェコの憲法裁判所が、不妊手術を受けずに法的なジェンダー認定の変更を求めたトランスジェンダーの訴えを退けた。

ホイマン氏は「私たちが期待しているのは外国からのシグナルだ」と語る。

強制離婚

ドイツ政府は、「強制的な離婚」を経験したトランスジェンダーに対する補償も検討中だ。

ドイツでは2009年まで、既婚者が法的なジェンダーの変更を希望する場合には、配偶者との離婚及び1年間の別居が必要とされた。

BvTの理事を務めるフランク・クルーガー氏は、トランスジェンダーに対する離婚・不妊手術の義務付けについて、「ドイツの政治家たちは、同性婚から社会を『守り』、トランスのカップルが子どもを持つ可能性を避けたいと考えていた」と語る。

金ではなく謝罪を......