これは対中姿勢でASEAN加盟国内に存在する温度差が原因だが、ミャンマー問題でもそうした思惑の違いが当初から顕在化して、ASEANとして一致団結してミャンマーに強い対応をとることを難しくしているという現実がある。

4月24日にインドネシアやマレーシア、シンガポールといった厳しい姿勢の加盟国の主導でインドネシアの首都ジャカルタで開かれたASEAN臨時首脳会議にはミャンマーからミン・アウン・フライン国軍司令官の出席が実現した。

しかしASEAN側が要求したスー・チーさんの即時解放では合意できず、「即時暴力停止や人道支援、ASEAN特使の仲介」などで合意した5項目も実質的にははなんら進展しておらず、膠着状態が続いている。

ASEANの手詰まり感を反映

その後、2021年の議長国であるブルネイのエルワン・ユソフ第2外相を8月にミャンマー問題のASEAN特使に任命して問題可決の糸口を探ろうと努力してきたが、これもなんら成果は上がらない状態が今日まで続いている。

ASEANの関与・仲介を嫌う頑ななミャンマー軍政の姿勢に加えて、ASEAN内部の結束の乱れとそれを見越した軍政のしたたかさが背景にあるとみられている。

ミャンマーと同様にクーデターで実権を掌握して軍政を敷いていたプラユット政権のタイ、軍政が頼りとする中国に極めて近いカンボジアやラオス、人権侵害などの国内問題を抱えて内政干渉を嫌うベトナム、フィリピンと、思惑も背景も異なるASEAN各国だけに、加盟国が一致結束して解決の道筋を探ることの困難さが改めて浮き彫りとなっていた。

今回のマレーシア外相の「ミャンマー首脳の排除の可能性への言及」はこうしたASEAN内の焦りや手詰まり感を反映したものといえるが、どこまで実現の可能性があるかは極めて不透明だ。

そうしたASEAN内の今後の対応を見極めたうえでミャンマー軍政もASEAN特使への対応を明確にするものとみられている。

ASEANは内部の各国による綱引きと同時にしたたかなミャンマー軍政との駆け引きも求められるという難しい立場に追い込まれ、域内連合体としてミャンマー問題の解決に向けた調停、介入は依然として先の見えない状況にあるといえるだろう。

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[執筆者] 大塚智彦(フリージャーナリスト) 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など [映像]ミャンマーから逃亡してきたモデルのユリさん