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KEVORK DJANSEZIAN/GETTY IMAGES

投手と打者の両方で同時に出場したのは大リーグの公式戦ではまだこの1試合だけだが、野球ファンを熱狂させるには十分だ。誰も見たことのないことが起きようとしているという予感に、胸を躍らせるファンは多い。

一方、これは1つの復活劇という側面も持っている。過去に例のない二刀流プレーヤーの可能性は、けがによって脅かされているように見えていた。大谷は北海道日本ハムファイターズ時代の16年を最後に、100イニングを投げたシーズンがない。

その点、4日のピッチングは、大谷が球界トップクラスの手ごわい投手であることを改めて示した。

しかも大谷は、それよりもはるかに大きなことを既に成し遂げている。見事に守旧派の鼻を明かしたのだ。あるべき野球の姿について凝り固まった考えを抱く気難しいファンやスタッフ、アナウンサー、選手たちのことである。

そうした人たちは、中南米系の若い選手の増加とともに広まった新しい流儀(太いチェーンのネックレスを身に着ける、本塁打を確信してバットを放り投げる、喜びの感情をあらわにするなど)に、いい顔をしない。

控えめでおとなしい大谷に対して、野球を冒瀆しているといった類いの批判をする人はいない。しかし守旧派たちは、過去100年間の歴史を覆す挑戦が成功するとは思っていなかった。そもそも、そのような挑戦をすべきでないと思っていたのだ。

大谷がトラウトやフェルナンド・タティスJr.やムーキー・ベッツといった面々と共に、南カリフォルニア野球界のスーパースターの仲間入りを果たしたことは間違いない。

では、大谷は100年に1人の逸材なのか。この問いに答えるのは、まだ気が早い。いま言えるのは、二刀流への挑戦を許した日本の野球文化が大谷を生んだということだ。

アメリカでそれが可能だったかは分からない。だが大谷が実力を証明した今なら、彼に続く二刀流が現れても決しておかしくない。

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