すべてがそうだとは言わないが、こういうことを恥ずかしげもなく口に出せる人は、本当にいるのだ。それが分かるから、少なくともこの部分だけは共感できたのであった。

「少なくともこの部分だけは」と書いたのは、決して本書の内容を大げさだと言いたいからではない。そうではなく、実体験と重なるのはここだけだったから。私がこれまで幸運だっただけかもしれないが、その他の部分で明かされている事実は、あまりにも現実味がなかった。懸命に仕事をした相手に対し、ここまで侮蔑的な言葉をかけられる人がいることに驚愕せざるを得ない。

冒頭でも触れたように、著者はもう実質10年は文筆家・翻訳家としての仕事をしていないという。だが、こんなことばかりが続き、裁判に発展するようなこともあったのだとすれば、足も洗いたくもなるだろう。

しかし、だとすれば、これだけ軽妙で引き込ませる文章を書ける著者は、今どのように生活しているのだろうか? 読者の大半はそのことが気にかかるだろうが、「あとがき」の部分で明かされる結末は、あまりにも意外なものであった。

あえて伏せておくが、いずれにしても、再び出版翻訳の仕事を依頼されたとしても引き受ける気はないそうだ。


 その理由は何か。約束を守ってくれることを100%保証してくれる出版社が見当たらないからである。(「あとがきーー今、出版翻訳の仕事を依頼されたら?」より)

逆に約束を守ってもらえるなら、愛と情熱をたっぷりかけて上等な訳文に仕上げてみせるとも記しているが、そう宣言しない限り当たり前のことを守ってもらえないのだとしたら、なんとも残念な話ではある。


出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記

 宮崎伸治 著

 フォレスト出版

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[筆者]

印南敦史

1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「WEBRONZA」「サライ.jp」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。ベストセラーとなった『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)をはじめ、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)など著作多数。新刊は、『書評の仕事』(ワニブックス)。2020年6月、日本一ネットにより「書評執筆本数日本一」に認定された。

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