前回はサッカーEURO2020で決勝に進出して熱狂したイングランドの話だった。コロナ禍に明るい話題がもたらされて嬉しい日々だったけれど、残念ながら話はそこで終わらない。今回はこの大会から見えたコロナ対策、ファンの問題行動、人種差別的な中傷の3つの問題と、そこに見た希望をお伝えする。

観客を入れてコロナ感染は拡大したか

 この時期、まず気になるのがコロナ対策だ。会場のひとつになったロンドンのウェンブリー・スタジアムでは、大型イベント再開の実験として当初は25,000人、準決勝以降は6万人の観客を入れて試合を行った(最大収容数は9万人)。入場の条件としてコロナの陰性証明かワクチン証明の提示が求められたが、試合中はマスクもソーシャルディスタンスもなし。ところがこの陰性証明、PCR検査ではなくて簡易検査の結果でよかったのだ。NHS(国民保健サービス)が無料で配る簡易検査は自宅でできて手軽だが、やはり素人が検体を取るのでPCR検査に比べたら精度が低い(簡易検査の記事はこちら)。それに完全に自己申告制なので、その気になれば陽性の結果を隠すこともできる。

 そんなあやふやな状態でスタジアムに入って、あの熱い応援っぷりだ。席に余裕があるはずなのに、特にイングランド側には人がぎっしりで、肩を組んで大声で応援したり、点が入れば抱き合ったり。日本では「ワクチンが進んでいると、もうあんなことができるのか」という声があったらしいが、いやいや、国内でもテレビを観てぞっとしていた。確かに英国のワクチン完了率は成人のほぼ70%だが、ワクチンは主に重症化を抑えるのであって、打った後でも感染はするのだし。

 スタジアムでは証明が求められるからまだしも、近所のパブに入るのに証明はいらない。家族や友人で集まった人もいるだろう。本来なら室内で同席できるのは6人までだったはずなのに、いつの間にか店内で全員一緒に応援している様子を見て、これまたはらはらした。今大会での合言葉だったFootball's coming home!(優勝するぞ!)をもじって、Covid is coming home(勝つのはコロナだ)、Wembley variant(ウェンブリー株)というブラックジョークも囁かれた。

ロイターのYouTube記事より。スタジアムやパブで観戦するファンの姿を動画でどうぞ。記事自体は、観客を入れた試合は感染が拡大する危険を孕んでいるという専門家の意見を伝えるもの。

 実験結果の一部として、6月の対スコットランド戦で観戦やイベントに参加したスコットランド在住者のうち、1991人が感染したことがわかっている。他にも感染源はあるのでサッカー観戦との明らかな関連はないと言うけれど、そうなのかなあ。この時は入場券を持っていないファンが数万人もスコットランドから押し寄せて、ロンドン市内のあちこちで大騒ぎしたのだ。しかも感染者のうち9割が男性で、3分の2はロンドンに移動していたと聞くと、サッカー観たからじゃないの? とどうしても思ってしまうのだけど。

 英国全体では大会中からデルタ株が猛威をふるっており、特に決勝後の1週間は1日の感染者数が連日5万人を超え、重症患者も増えていた。現在は3万人台に下がっているので、サッカーがらみの感染が落ち着いたのでは、という見方も出ている。イングランドでは7月19日にコロナ規制がほぼ取り払われて、法律上はマスクの着用義務もなくなった。ところがそのすぐ翌日に、大型イベントでのワクチン証明義務化を検討することが発表されたのだ。まだまだ油断できない。

浮かれたファンの問題行動

 熱烈なサッカーファンは、試合の前後に酒を飲んで騒ぐのがお決まりのようになっている。もちろん大会中もこれは同じで、イングランドが勝ち進むにしたがって、騒ぎはエスカレートしていった。夜な夜な(時には昼間から)パブや路上でのトラブルが続出。街の中心部に住む友人は雄叫びの声で眠れなかったそうだし、若者が集まるエリアで働く知人は、酔っ払いが怖くて職場に近寄りたくない、イングランド早く負けて、とまで言っていた。

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 騒いだ後は片付けもせず立ち去るので、朝には路上も広場もスタジアム周辺さえも割れたビール瓶やゴミで埋め尽くされた。銅像や二階建バスによじ登るくらいはまだご愛嬌としても(危険ですけど)、騒ぎで逮捕者も出ているし、対戦相手のサポーターに殴りかかる事件も一度ならず起きている。ふだんからサッカーの試合がある日は家庭内暴力が増えるというデータがあるそうだ。酔ってサッカーを観ると、興奮して気が大きくなるのだろうか。

 試合中のマナーにも首を傾げることが多かった。対戦相手の国歌斉唱にブーイング、相手側にボールが渡っただけでブーイング。これはテレビで見ていても気分がよくなかったし、準決勝ではデンマークのゴールキーパーの顔にレーザー光線を当てて試合を妨害する事件まで起きている。レーザーの件ではイングランドサッカー協会に罰金が課された。

 そしていよいよ決勝の日。キックオフは夜8時だったが、日曜ということもあって、朝から多くのファンが詰めかけた(さっきちらっと見たところでは、東京オリンピックの開会式も周りにずいぶん見物客が集まったそうですね)。歴史的な試合が行われるスタジアムをバックに記念写真を撮っているうちはまだ和やかだったが、夕方が近づくと雲行きが怪しくなった。入場者とも混じった数万人が満員電車並みの混雑の中で、酒を飲んだり煙幕をたいたり大はしゃぎ。これだけでも危険な状態なのに、さらには入場券を持っていない数百人がスタジアム内に乱入したのだ。SNSには、防犯フェンスを突破したり壁をよじ登ったりする衝撃的な動画が投稿された。乱入者は一部しか退場させることができず、試合中は観客席のあちこちでトラブルが起き、この件でも逮捕者が出ている。

 こういう騒ぎを起こすのはサッカーファンではなく、日頃のうさを晴らすために暴れにやってくるフーリガンだと信じたい。ただトラブルの規模を考えると、ほんの一部に煽られた一般のファンが加わった可能性も否定できないし、やはり全体に度を超えていたと思う。それだけ優勝への夢に浮かれていたということなのか、それともコロナ禍でのストレスなのか。

ヘイト - 1.jpegプレミアリーグ、チェルシーのスタジアム周辺にEURO2020の直前ぐらいまで掲げられていたバナー。No to Hate(ヘイトには反対)というメッセージとともに、それぞれの選手が登場していた。現在はメッセージのないバージョンに変更されている。筆者撮影

人種差別的な中傷

 イングランドは、決勝戦でPK戦の末、イタリアに負けた。この時にシュートを外したマーカス・ラッシュフォード、ジェイドン・サンチョ、ブカヨ・サカの3人は、全員が黒人選手だったこともあり、試合直後から3人のSNSのアカウントに人種差別的な心ないコメントが殺到した。

 ネット上のサッカー選手への人種差別的な発言は、実はかなり前から問題になっていて、スポーツ界全体でも大々的な撲滅キャンペーンを展開していた。試合前に選手が片膝をつくポーズをとるのもそのひとつだ。イングランド代表は今大会でも毎試合このポーズをとって、差別発言に抗議していた。

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 今回の騒ぎはネット上でその夜のうちに広まり、コメントはすぐに削除されたが、スポーツ選手や著名人、一般人を含めて、社会全体から強く非難された。「こういう卑劣な行為は受け入れられない」「彼らは夢を与えてくれたヒーローだ」という意見にイングランドサッカー協会やジョンソン首相も加わり、代表キャプテンのハリー・ケインは「そんなことをするファンなら要らない」とまで発言している。

 SNSへの書き込みと同時に、ラッシュフォードの出身地にある彼の壁画への落書きが見つかった。気づいた人がすぐに黒いゴミ袋で覆ったところ、それを隠すかのように一般の人たちが花やカードを飾り始めた。メッセージは「大好き」「応援してる」「スパイクを履いたヒーロー」「希望をくれてありがとう」とポジティブなものばかり。壁画が修復された後もメッセージは残されたが、大雨に濡れたので外され、デジタル化してこちらに永久保存されている(クリックで拡大して、すべてのメッセージを読むことができます)。落書きの内容は明かされていないが、警察では人種差別と直接の関係はないとしている。

花やメッセージで飾られたラッシュフォードの壁画。この場には大人も子どもも集まって、ほのぼのした雰囲気になったそうで、本人も「感激です、ありがとう」とツイートしている。

 この人種差別的中傷でもすでに逮捕者が出ているが、サッカー協会も詳しい調査を進めている。SNS各社には不適切なコメントをはじくシステムの導入がこれまで以上に強く求められ、政府も中傷行為をした者には今後サッカー観戦を禁止することを検討している。

トラブルの中で見た希望

 今回はなんだかネガティブな話題になってしまったが、トラブルの中で若い力が光って見えたことは忘れずにいたい。彼らにこれからの希望があると信じたい。

 今大会のイングランド代表は若いチームだ。社会に対する意識が高く、それぞれに慈善活動をしているほか、優勝したら賞金の一部をNHSに寄付すると発表していたし(税金の関係で詳細未発表)、LGBTQ+の理解が薄い国への抗議としてキャプテンの腕章をレインボーカラーにしたこともあった。彼らは人気者として子どもたちや社会に与える影響をよくわかっているのだと感じる。

 彼らの多くは来年のワールドカップにも出場するだろう。あまり重荷を背負わせてはいけないけれど、優勝への夢や苦い敗北を経験した若い選手たちが、たとえばロールモデルとして社会に明るい影響を与えてくれるといいなあと期待を寄せている。

 それに子どもたち。中傷騒ぎの後にファンの子どもたちがラッシュフォードに送った手紙には、「あなたはすばらしい」「ぼくのヒーロー」「シュートを外したってこの世の終わりじゃないよ」という励ましの言葉があふれていた。実はこの言葉は、彼自身がいつも子どもたちにかけている言葉だ。人を受け入れる言葉を聞いた子どもたちが、苦しい立場に立った彼に同じ言葉をかけて慰める。まさに情けは人のためならず。ラッシュフォードの優しさが子どもたちの中を通って、また彼に戻っていったことに感激する。やるなあ、英国の子どもたち。優しさを浴びた子どもたちがこのまま健やかに成長して、自分の夢を叶えながら人を思いやる社会を築いてくれますように。そのために大人のわたしたちができることも考えていきたい。

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筆者撮影

今日のおまけ:EURO2020にどんどんはまっていったわたしを見て、マンチェスター・ユナイテッドの公式チームTシャツを夫が買ってくれた。ラッシュフォードの名前と背番号が入っている。むふふふ。

今回受けた中傷の後に彼は、「シュートについての批判なら何でも聴く。あれは入れるべきだった。でも自分が何者であるかについて謝るつもりはまったくない」とコメントして多くの人に支持されている。前にも「黒人であることを誇りに思っている」「差別的な発言の内容は明かさない。若い人たちの目にさらしたくないから」と発言したこともある。誠実で誇り高いラッシュフォード選手をこれからも応援します!