イギリス初の女性首相として40年以上も前の1979年に誕生した「鉄の女」マーガレット・サッチャー(〜1990)に始まり、2005年から現在まで15年にも渡って首相を務める「ドイツのお母さん」アンゲラ・メルケルなど、ヨーロッパでは多くの女性リーダーが国政のトップで活躍する姿は珍しくない。

更には、2009年アイスランドで世界で初めて同性愛を公言したレズビアンのヨハンナ・シグルザルドッティル首相、2011年にはベルギーでゲイをカミングアウトしているエリオ・ディルポ首相が誕生するなど、同性愛者の首相がその後も続々と生まれている。

前編で登場のルクセンブルクのベッテル首相に続き、シリーズで紹介している同性愛者の現役首脳たちの横顔、中編の今週はセルビアのアナ・ブルナビッチ首相を取り上げる。

超保守的な東欧バルカン地域でレズビアンの首相誕生

《前編はこちら→「欧州では既に同性愛者の首脳が誕生している【前編】」》

今回紹介するのはセルビアのアナ・ブルナビッチ首相 Ana Brnabić2017年~)。

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セルビアはバルカン半島の旧ユーゴスラビア連邦の国。面積は北海道とほぼ同じ、人口約700万人で愛知県や埼玉県の人口を少し下回る規模。冷戦後の1990年代には激動の時代を迎え、連邦を形成していた国々が次々に独立。その間にクロアチア紛争やコソボ紛争などが勃発、独裁的な大統領の下で国際社会で孤立し、経済的にも困窮した暗い歴史をもつ。近年はEU加盟を目指し改革を進めており、外国投資による経済発展も今後本格的に見込まれると予想されている。有名人にテニスプレーヤーで世界ランク1位のノバク・ジョコビッチ選手がいる。

このような歴史的背景もあり、現在も民主主義国家としての地位が低いセルビアで女性初、しかも同性愛者・レズビアンの首相が誕生したことは西ヨーロッパの人々にも驚きをもって受け止められた。女性として、同性愛者として、同時に2つのガラスの天井を一気に打ち破ったのだ。

ブルナビッチ氏は高校卒業後、アメリカやイギリスの大学へ留学。英国のハル大学でMBA取得後セルビアに帰国、10年以上米国国際開発庁(USAID)から資金提供を受けた米コンサルタント会社で勤務、国際機関、地方自治体、公共部門などと様々なプロジェクトに従事。2011年には風力発電会社に移籍し、2年間取締役にも就任。2016年に当時のアレクサンダル・ブチッチ首相(現大統領)から行政大臣、および地方自治大臣に任命されると、民間出身者の大臣就任と同時にレズビアンであることも公になり国内外で一躍脚光を浴びることとなった。翌2017年大統領となったブチッチ氏から後継首相に指名、議会の多数により首相に任命された。

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EU加盟を目指すセルビア、ブルナビッチは首相として最適任

セルビアはEU加盟に向けて財政再建や外資の投資環境改善のために、規制緩和や制度改定など経済面で大胆な構造改革を進めている。また、EUが定める男女平等や少数者への権利を含む人権の尊重など、加盟にあたっての基本的な価値観の共有として重視。これらの条件をクリアして新加盟するためにも、ブルナビッチ氏の首相就任はキャリア面でも彼女自身の"素性"からも、セルビアの顔として現在のところ最適任と言えそうだ。あとは最も難題とされるコソボ(*文末脚注)との関係正常化が必須となり、彼女が解決に向けてどのようなアプローチをするのかEU各国の注目が注がれている。

ベルリンでドイツとの二国間関係、そしてセルビアのEU加盟、バルカン地域問題を話し合う
メルケル首相とブルナビッチ首相

ブルナビッチ首相の日本との外交

日本はセルビア、コソボ両方のEU加盟を他の旧ユーゴ諸国のモンテネグロ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニアと共に支援し、加盟が実現すれば日EU経済連携(日欧EPA)の下での安くて良質な労働力の供給先として、将来の日本企業の進出をも見込んでいる。その一環として、20181月には安倍首相が6ヶ国欧州歴訪(バルト三国及びバルカン半島三国)の中で1987年の中曽根元首相以来30年ぶりにセルビアにも訪れている。

ベオグラードに到着した安倍首相と昭恵夫人を出迎えるブルナビッチ首相。訪問国6ヶ国のうち、
唯一EU以外の国への訪問がセルビアだったと現地メディアが伝える。


ブルナビッチ首相も昨年10月の今上天皇陛下の即位礼正殿の儀に参列。その3日間の滞在中、安倍総理との会談に臨んでいる。



ベオグラード在住のテレビ取材リサーチャーの富永正明氏によれば、日本はバランスの取れた外交をこの地域で行なっているようだ。



また、日本の菅内閣同様、デジタル化とIT産業育成をトップ自ら進めており、今後両者の首脳会談が行われることがあれば、両内閣が強力に推し進める政策について共通の話題として会談が盛り上がる可能性もあるかもしれない。

安倍首相のセルビア訪問時にベオグラードにも拠点を持つ日本のIT企業が懇談会に招待されるほど。
「経済協力や投資の強化、特にIT産業やデジタル化の分野で」と本人自らツイート。


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当事者リーダー同士の親密な関係

前編で取り上げたルクセンブルクのベッテル首相とは関係が近いと見られ、経済分野の協力を中心に外交の場でも公私ともに緊密な様子が窺える。


2019年5月、ベッテル首相がセルビア訪問した際の2人の視察先は、ICT企業。


2019年9月、今度はブルナビッチ首相がルクセンブルクへ。ベッテル首相のことを「my friend」と呼んでいる。


ベッテル首相もブルナビッチ首相たちのことを「our friends」と呼び、外交の傍ら、両パートナーも
揃い踏みの市内観光やサッカー観戦へ。試合はヨーロッパ選手権予選のルクセンブルクーセルビア戦。



パートナーに男児誕生、法的には首相は母親と認められない

ブルナビッチ首相には長年連れ添う女性パートナー、医師のミリツァ・ジュルジッチさん Milica Đurđić がおり、昨年2月にはジュルジッチさんが イゴル Igor くんと名付けられた男児を出産。世界で初めて同性同士で子育てをする国のリーダーともなった。

しかし、セルビアは非常に保守的で伝統的な家族観が根強く、家父長制が幅を効かせる国。また、同性婚もシビルユニオン(法的同性パートナーシップ)もまだ認められておらず、法的にはブルナビッチ首相は母親と認められない。先にも述べたように今は全面的に経済最優先の姿勢を示している首相は、同胞のLGBT関連の法整備には消極的な姿勢が目立ち、それが国内のLGBT当事者たちの離反を招いている。これも国民の大半がセルビア正教を信仰し、同性愛に嫌悪感を抱く社会状況の下で、あらゆる改革が求められるセルビアとにっては政策の優先順位を付けなけれず、結果マイノリティ施作が後回しにならざるを得ないのが現状だ。

なお、今年6月の議会選挙の結果を踏まえ、今月には新内閣の発足が予定されているセルビアだが、ブルナビッチ首相が再任される可能性が高いと聞く。長く首相の座に留まり、あらゆる面で改革を成し遂げ、国の発展に寄与するよう今後の活躍を期待したい。

2019年のプライドパレードに参加したアナ・ブルナビッチ首相とパートナーのミリツァ・ジュルジッチさん


次回はシリーズ最後の後編、バラッカー・アイルランド副首相(前首相・次期首相)を取り上げるので、引き続きお楽しみに。

*コソボは2008年にセルビアから独立を宣言、セルビアはこれに反対し、自国内の自治州として「永遠に」独立を認めないという立場。日本をはじめ、アメリカやフランス、イギリス、ドイツなどEU主要国など世界98ヶ国がコソボを独立国家として承認している反面、セルビアをはじめ、ロシア、中国、スペインなど国連加盟の半数近くの85ヶ国が承認を拒否している。スペインが承認拒否しているのは、自国にバルセロナを州都とするカタルーニャ州が分離独立問題を抱えているためだ。



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*LGBTは知っているけれども LGBTQI って何?と仰る方は、下記記事の最後に詳しく説明しているので
併せてお読み下さいませ。

コロナ禍でゲイタウンもひっそりと
同性婚導入17年経過のベルギー、新婚の40組に1組は同性同士