子どもの頃、喘息を患っていた。6歳のとき、知らん顔して寝ている父親の傍らで、母親はCさんを背負って医師の元に連れて行く途中、転んでしまった。Cさんは申し訳なく思ったことを今でも覚えている。そのときから、「いい子にならなければ......」の思いを強く持った。(84~85ページより)

 中学のころは、管理教育と校内暴力が問題化した時期だったが不登校の選択肢はなく、「学校に行けなければ、人生は終わりだという空気があった」と、彼女は当時を振り返っている。


 Cさんは、手抜きができないから、宿題をすべて一生懸命頑張った。学校でもいつも緊張していて、軍隊調の指示に、顔が引きつっていたという。
 バカがつくほど真面目に先生の言うことを聞いていた。周りを怒らせないように、ひたすらいい子。言うことさえ聞いていれば、周りが丸く収まる。決して怒られることはない。(85ページより)

 真面目に対応しすぎたことが疲れた原因だと振り返るCさんは、中学生の段階でエネルギーを使い果たし、うつ状態になってしまう。そればかりか高校に入ってからは、「あなたは、なにをやってもダメな子だ」と責める母親を筆頭に、家族全員から精神的虐待を受けたのだそうだ。また就職も、「大手企業に入れ。会社は大きくなければダメだ」と主張する父親の言葉に影響されるまま大手に就職するも、精神を病んで退職することになる。

「私がたぶん、社会人としてやっていくだけの精神的成長がないまま出ちゃったので、自分が未熟だからやって行けないと感じていました」という言葉は、ひきこもり問題を考えるうえで決して無視できないはずだ。

 彼女のように、親や環境から悪影響を受け、そこから逃れられないまま大人になったものの、うまく社会生活を送ることができない人はきっと多い。だから、それが「女性のひきこもり」問題としてクローズアップされなければならなくなったということである。


 ひきこもっている人たちの状況は多様だが、その背景を丁寧に探っていくと、実は、こうした過去のトラウマ(心的外傷)を抱えたまま、心を閉ざし続けているようなケースが少なくない。トラウマには、PTSDのほか、解離症状、抑うつ症状などもある。(178ページより)

 そういう意味では、彼女たちの声を聞き、その思いと向き合う著者の取り組みは評価されるべきだ。そして、その役割を担う人間は、今後もっと増えていくべきだろう。彼女たちの努力が報われる社会にしなければいけない。本書を読んで、そう強く感じた。

 だがその一方、本書の主張が理にかなっているからこそ、気になる"別の現実"もある。私から決して遠くない位置にも1人ひきこもっている女性がいるのだが、彼女の生活は、本書のどの女性とも当てはまらないのだ。

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