2年近くがたって、ようやく私は決断を下した。きっかけは、高校時代からの友人夫婦の娘が、7歳の誕生日を迎えたことだった。
家族ぐるみで深い付き合いをしているにもかかわらず、プレゼントを買うのが間に合わなかった上、誕生日にテレビ通話でお祝いを言うこともできなかった。その子も家族も傷つけてしまった。
そこで私は悟った。受精卵を提供すれば、提供先の家族との、一筋縄ではいかない人間関係を維持するという責任が一生、付いて回るということを。それは私の手に余る。さんざん悩んだ末、私は研究機関への提供を選んだ。
不妊と流産の当事者であることは、私にとって長年、自分のアイデンティティーの核だった。だが受精卵を研究機関に提供することで、人生の一つの章に区切りをつけることができたように思う。
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