観客が葛藤を感じる訳

もし主人公が男性だったら、彼の行動に私たちは違う感覚を抱くだろうか。ターを魅力的でカリスマ性のある女性として描くことは、ジェンダーと権力に関する私たちの思い込みを問い直せと促しているのだろうか。

ブランシェットの狂信的なまでに徹底した役作りは、ターの強烈なカリスマ性と恐ろしい人心操作術を見事に体現している。ターの自己破壊の渦に私たちは葛藤を感じずにいられない。彼女の身勝手さにあきれる一方で、そのウイットと、天才的な調和を醸し出す音楽的な耳からは、永遠に離れたくないと思わされる。

私たちがターを崇拝する人々に自分を重ねるのは、彼らがターに利用されている状況に感情移入しつつ、彼女が自ら演じているとおりの人間であってほしいと思わずにいられないからだ。妥協のないアーティストであり、知的で寛大な指導者であり、子供を愛する親であり、献身的な配偶者であってほしいと。

唯一の不満は後半のメロドラマ的な展開だが、最後の数シーンで冷静な鋭い観察眼が戻る。『ター』という作品を形容する言葉は、そのまま主人公に当てはまる──神秘的で、謎めいて、自己矛盾と邪悪な魅惑に満ちている。リディア・ターは架空の人物だが、映画『ター』は本物だ。

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Tár

TAR/ター

監督/トッド・フィールド

主演/ケイト・ブランシェット、ノエミ・メルラン

日本公開は5月12日

【動画】映画『TAR/ター』本予告トレイラー