<男尊女卑の風潮が今も残るイギリスの仕立屋業界で、夢を追うのは時間の無駄とまで言われたが>

昔からものを作るのが大好きだった。子供の頃はよく、祖母のミシンを使わせてもらった。親友と2人、クッションなどの布製品を作り、地元のイベントで売ったりもした。そして大学はロンドン・カレッジ・オブ・ファッションに進み、注文紳士服デザインのコースで学んだ。

ある日、大学の先生からバーバリーがロンドン・ファッションウイークの準備で手伝いを探していると聞いた私たちは、バーバリーの本社に急ぎ駆け付けた。その日の午後はトレンチコートのボタンの付け替え作業に追われた。楽しかったけれど、指先から血が出たのを覚えている。当時の私は指ぬきの何たるかも分かっていなかった。

当時のバーバリーのデザイン責任者はパワフルでこわもてのアメリカ人女性だった。仕事終わりに事務所に来るように言われたときは、次はないなと思った。ところが彼女は、あなたの粘り強いところが気に入ったと言って、見習いとして働かせてくれた。仕事はひたすら楽しかった。

学校と掛け持ちで1年ほどバーバリーで働いた後、私はデザイナーのジョナサン・サンダースのブランドに移った。サンダースはスコットランド出身の愉快な人で、楽しくて活気にあふれた職場だった。

就職時には女性であることが障害に

週末には注文紳士服の店が並ぶロンドンのサビル・ローに出掛けては、どこかの店で手伝い仕事がないか探した。ボビーという年配のテーラー(主に紳士服を手掛ける仕立屋)と仲良くなり、毎週土曜日にはその仕事ぶりを見学するようになった。ポケットを縫うといった、ちょっとした仕事もやらせてもらった。

だがイギリスのテーラー業界は男社会で、正式に就職しようとすると女であることが障害となった。サビル・ローの高級店に入ることを夢見て、無給の仕事もかなりやったが、思うようにはいかない。

ある男性からは、せっかくの時間を無駄にするなと忠告された。一方で有名な女性テーラーは、前を見てチャンスを探し続けろと言ってくれた。

だから私はいろいろな人の下で働いた。それでも大手のテーラーで私を雇ってくれるところはなかった。

時がたち、お客様たちからの勧めもあって、2018年にサビル・ローの近くの建物に自分の店を持った。100年以上前からテーラーが次々入居した建物だが、女性店主の店は私の店が初めてだ。

自分に嘘をついてはだめ
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