だが本当の見せ場はその後。ラモーナがデスティニーにポールダンスのいくつもの技を教える場面だ。2人はおかしそうに笑うが、それはプロならではのスキルと努力の価値を互いに理解しているから。だからこそ、2人は友情を育める。彼女たちは、たまたま職場が同じ友人なのではなく、一緒に仕事をしているからこそ、友人なのだ。

2人が働くストリップクラブに「女の戦い」が存在しないわけではない。ラッパーのカーディ・B演じるストリッパーが、そうと知らずに自分の得意客に誘いをかけたデスティニーの髪をひっつかむくだりは笑える。だが本作はダンサーの仲間意識に、はるかに強く焦点を当てている。

ただし、連帯感があっても仕事は楽にならないし、屈辱を味わうこともしばしばだ。 本作の前半は、面倒な客や上前を要求するマネジャー、危険な15センチヒールのシューズなど、ストリッパーに付き物の災難を描き出していく。

男女の力関係も捉える

ストリップを1つの職業として見据える姿勢は新鮮で、その社会的地位の向上に役立っているとも言えそうだ。だが不景気に襲われたら、ラモーナのような熟練の達人もストリップだけで生計は立てられない。ラモーナは衣料品チェーン店で働くが、無神経な上司の態度を見れば、より弱い立場の女性をおとしめたがる男性はストリップクラブの外にもいることが分かる。

ニューヨーク誌の記事は、この事件をロビン・フッド的な復讐劇として描いており、あまり説得力が感じられなかった。この描き方は、映画でも同様に説得力に欠ける。

しかし、当時の経済を破壊した貪欲な金融業界人への怒りはとっくの昔に表現されて当然のものだし、新たな景気後退の予兆が見える今、本作は不気味なほどタイムリーだ。スカファリアは、ラモーナとデスティニーの犯行(被害者が重傷を負った事件もあった)を美化することもない。『ハスラーズ』が3作目の監督作であるスカファリアは、作品のムードと物語の構造を巧みに操り、いささか入り組んだ出来事をスムーズに展開してみせる。

ぎこちなさを捨てて