それと同じように、自分がエリートであるということを見せびらかすための信念があり、 しかしそれがもたらす被害は主に貧乏人が被る、というのがヘンダーソンの主張だ。なので、luxury beliefsは「贅沢信仰」ではなく、「贅沢品としての信念」と訳してみた。ラグジュアリーとしての大義名分、くらいのほうが雰囲気が出るかもしれない。

ラグジュアリーと言えば、最近では日本でもちょっとしたブランドものを持っているくらいでは大きな顔はできないし、むしろ下品だとみなされる。モノでは自分の豊かさを誇示するのが難しくなっているのである。そこで、信念や政治的主張で差を付けようということになるわけだが、ヘンダーソンが挙げている「贅沢品としての信念」の具体例としては、

・警察は廃止すべきである(ディファンド・ザ・ポリス)。

・国境を開放し移民を入れるべきである。

・宗教は有害である。

・離婚やポリアモリーは個人の自由で問題ない。

・白人は白人であることで、非白人にはない特権を享受している。

・トランスジェンダーは保護されるべきである。

・薬物は合法化されるべきである。

・人生における成功は、努力よりも偶然によるところが大きい。

  

といったものが挙げられる。ようするに最近の米国左派で流行っている、プログレッシブな思想だ。

「贅沢品」をありがたがる上流階級

ヘンダーソンによれば、この種の「贅沢品」をありがたがることで上流階級は、金持ちの世界で尊敬や社会的地位を得られる。しかし、こうした信念が実際に実行に移されたとして、それが引き起こすネガティヴな帰結は、上流階級には影響しない。悪影響は主に下層階級が負うのである。

例えば警察の廃止で一番苦しむのは警備員付き豪邸に暮らす上流階級ではなく、ギャングに牛耳られた犯罪多発地域で暮らさざるを得ない貧困層であろう。移民の導入も、自身が高学歴の上流階級は安い労働力が使えて便利だろうが、実際に非熟練労働者として移民と仕事の奪い合いをするのは貧乏人である。トランスジェンダーの問題も、影響を受けるのが生物学的女性であるという点で似た構図だ。

宗教は時代遅れ、離婚もOK、薬物もOKというが、家庭が壊れたときでも(少なくとも金銭的には)生活を維持できる金持ちと違い、貧乏人はすぐ路頭に迷ってしまう(ヘンダーソンの母親たちがそうだったように)。上流階級にとって薬物はレクリエーションで、依存に陥っても高級療養施設に入るくらいだろうが、貧乏人が麻薬にはまれば低学歴、貧困、刑務所と死へ一直線だ。すなわち、自分は社会問題に鋭敏なセンスを持っていると仲間に自慢したい上流階級の偽善によって、下層階級が困るという構図なわけである。

右派が、左派と勝負できるナラティヴを手に入れつつある

一応指摘しておくと、ヘンダーソンの主張はキャッチーだが、あまりしっかりした根拠はない。そもそも、考え無しに流行りの思想に飛びつくのは別に上流階級に限らないし、ピーター・ティールのように右派の金持ちはいくらでもいる(むしろ最近では多数派かもしれない)。だから、プログレッシブなことを言わなければ絶対にステータスが上がらないというわけではない。

また、そもそもリベラルっぽいことを口にするから必ず社会的評価が上がるというものでもない。具体的にこう警察を改革するというのなら分かるが、大真面目に警察を廃止しろという金持ちがいれば、仲間内にもただバカにされるだけだろう。薬物に限らず、自由を享受するには(自制心も含めた)能力がいる、というのは確かだが、だからといって自由のほうを狭めるというのも妙な話だ。だからこれは、結局は右派ウケするプロパガンダなのである。

社会保守主義が、今後ニッチを埋める
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