シリアでは2011年初頭、強権的なアサド政権に対する民主化運動が広がり、これを軍が鎮圧するなかで内戦に発展した。混乱に乗じてアルカイダ系組織が流入し、それがさらに分裂して2014年にはイスラーム国(IS)が誕生した。

アルカイダ系も外国人中心だったが、ISはさらに世界中に参加を募り、最盛期には約3万人がシリアに渡航したといわれる。

ザヒードはこうした外国人戦闘員の一人で、2012年にそれまで拠点にしていたアフガニスタンからシリアに渡ったといわれる。

シリアを制圧した過激派

外国人戦闘員の多くは2015年以降シリアを離れた。ロシアの支援を受けたアサド政権が、反政府勢力の占領地の多くを奪還したからだ。

ところが、それでも一部の外国人戦闘員はシリアにとどまり、北西部イドリブ周辺を支配し続けた。

転機は昨年12月だった。イスラーム過激派タハリール・アル・シャーム機構(HTS)を中核とする反政府連合が首都ダマスカスを攻略し、アサド政権はもろくも崩壊したのだ。

HTSを率い、その後暫定大統領に就任したアル・シャラ自身サウジアラビア出身で、アルカイダ系組織の一員だった経歴の持ち主でもある。そのためアル・シャラの周囲には内戦時代からの外国人戦闘員が多い。

このなかでザヒードを含むウイグル人は、中央アジア出身者とともにアル・シャラの警備を担ってきたといわれる。

「次は中国の番」とウイグル人戦闘員
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