シリアの場合、人口の74%をイスラームのスンニ派が占める。アサド政権は少数派シーア派が要職を占め、シーア派で共通するイランやヒズボラから支援を受けていた。
そのため、HTSはこれまでイランやヒズボラとも対決し、占領地ではシーア派住民にスンニ派への改宗を強制するなどしてきた。
つまり、アル・ジュラニが強調する「全シリア人のためのシリア」にシーア派住民の居場所があるかには疑問が残る。
民主的な選挙が行われたとしても
実際、体制が打倒された時ほど、それまでの既得権者である旧体制派と、それを簒奪した新体制派の対立は先鋭化しやすい。その一例としてシリアの隣国イラクを取り上げてみよう。
イラクでは2003年のアメリカの侵攻によってサダム・フセイン政権が崩壊した。その後、アメリカの支援で民主的な選挙が行われた結果、イラク人口の約60%を占めるシーア派中心の政府が発足した。
ところが、フセイン体制がスンニ派で占められていたため、それに対する怨嗟もあり、結局その後のイラク政府ではシーア派が優遇された。
このスンニ派の不満は、アルカイダや「イスラーム国(IS)」がイラクで勢力を拡大させる土壌になった(アルカイダやISはスンニ派)。
とすると、宗派対立やテロの発生に民主的な選挙の有無はあまり関係ない。