最新記事
アート

世界中で「キモノ」が巻き起こしたセンセーション...ドレスから「あのSF映画」にまで、変幻自在の大進化

Exploring the Kimono

2024年11月8日(金)14時24分
ロサナ・リオス・ペレズ(英イースト・アングリア大学セインズベリー日本芸術研究所フェロー)
着物がデザインされたビョークのアルバムジャケット

ビョークのアルバムジャケット(着物デザインはマックイーン) ©NICK KNIGHT, COURTESY V&A DUNDEE

<京都の伝統「着物」から世界の「キモノ」へ──海を越えファッションの枠をも超えた着物の歴史を振り返る>

日本文化を特徴付けるエレガントな民族衣装である着物は、職人技と伝統の象徴だ。文字どおり「着る物」で、右身頃の上に左身頃を重ねて帯で固定する。17世紀以降、男女共に一般的な衣服となった。

今では着物は日本ではあまり着られなくなったが、世界各地で新たな息吹を吹き込まれ、オートクチュールのイメージを一新し、ファッションに革命を起こしている。英ビクトリア&アルバート博物館スコットランド分館「V&Aダンディー」で来年1月5日まで開催中の『着物:京都からキャットウオークへ』展は、着物が過去約3世紀にわたって工芸家やファッションデザイナーや映画製作者にいかにインスピレーションを与えてきたかを紹介している。


V&Aでアジア美術を担当するアンナ・ジャクソンがキュレーターを務める今回の着物展は展示品約300点に及ぶ大規模なもので、双方向型のディスプレイと文章による説明が、着物の進化とファッション界に与えた多大な影響を照らし出す。

デザインの革新と匠の技の中心地である京都では、織物の急激な発展が江戸時代(1603~1868年)にピークに達した。将軍や諸大名など武士の身分は礼服である裃(かみしも)によって示された。一見色も模様も平凡だが、よく見ると細かく複雑な模様が施されている。

20世紀前半の銘仙

20世紀前半の銘仙 COURTESY V&A DUNDEE

女性の地位も特別な際にまとう着物の違いに表れていた。着物展の最初のセクションには初期の振り袖などが展示されている。どれも魅惑的なデザインで、絞り、型染、友禅、紬(つむぎ)といった複雑な技術を見ることができる。

ここでは浮世絵も交えて、身分によってどのように使い分けられていたかが分かるようになっている。日本の伝統芸能である歌舞伎の舞台は、女性の役を女形と呼ばれる男性の役者がきらびやかな衣装をまとって演じ、デザインを披露する場としてうってつけだった。

とりわけ興味深いのは雛形(ひながた)本だ。模様の雛形(見本)を一冊にまとめたもので、ちょうど現在のファッション誌のように生産者や消費者に流通した。

アキラタイムスの「着物写真」

アキラタイムスの「着物写真」 ©AKIRA TIMES, COURTESY V&A DUNDEE

着物の日本国外への紹介と商品化に非常に重要な役割を果たしたのがオランダ商人だ。彼らは外国人で唯一、将軍から日本での商取引を許され、着物と生地を初めてヨーロッパに紹介した。

しかし明治時代(1868~1912年)に日本が開国すると、アイデアの交流が活発化し、着物はさらにヨーロッパやアメリカに出回るようになった。

プロパガンダや映画にも

初めて海を渡った着物はたちまちセンセーションを巻き起こした。フランスの画家マティスの妻アメリなど著名な人物の肖像画に描かれるようになり、ドレスの大規模な「脱構築」が起きた。

例えば、ロンドンのクチュリエ「ルシール」の服はデザイナーのレディ・ダフ=ゴードンによる優美なドレープが特徴だが、これも着物から着想を得た裁断法のたまものだ。

着物の優美さは生地や素材から生まれるといっていい。綿や麻、カラムシ(イラクサ科の植物)......。特に、軽さ、光沢、豊かなドレープ性などを備えた絹は、極上のデザインにうってつけだった。

ローレン・スコットの2014春夏コレクション

ローレン・スコットの2014春夏コレクションより COURTESY V&A DUNDEE

1930年代、日本は戦争のプロパガンダの商品化を推進したが、子供の玩具や文房具、さらに着物までが戦意高揚に利用された。

戦時中の人気漫画『のらくろ』の主人公のらくろは帝国陸軍の非公式マスコットになり、着物姿で描かれた。今回の着物展でも何点か展示され、戦争のイメージが青少年の着物の柄に結び付けられている。着物による戦意高揚が日常茶飯事と化していたことに気付かされる。

着物の影響は現代映画にも表れている。『スター・ウォーズ』の衣装の大半は着物をヒントにしている。ジョージ・ルーカス監督は若い頃、日本の名匠・黒澤明の作品に影響を受け、それがアレック・ギネス演じるオビ=ワン・ケノービの衣装にまで及んだ。

2015年にJ・J・エイブラムス監督による新シリーズが始まった際も、衣装デザイナーのデイブ・クロスマンは着物風の衣装にこだわった

19世紀前半の櫛・笄・簪

19世紀前半の櫛・笄・簪 COURTESY V&A DUNDEE

オランダ商人が初めて紹介したときから、エキゾチックな着物がヨーロッパのファッションに浸透することは必然だった。

着ていて自由に動ける点や模様の見事さを歓迎した19世紀ヨーロッパの淑女たちから、着物を取り入れたデヴィッド・ボウイやビョークなど20世紀の様式美あふれるアーティストまで、キュレーターのジャクソンは着物を変幻自在な衣装として体験させる。

アレキサンダー・マックイーンや斉藤上太郎ら着物に独自の見解を持つ現代のデザイナーたちの作品は、この着物展のクライマックスだ。

最終セクションは現代のデザインの融合。素材とトレンドの融合が、イギリスのデザイナーでナイジェリア生まれのデュロ・オロウの大胆なモチーフなど、今後の探究に無数の可能性を開く。

この幾重にも織り上げられた着物展で創作と結び付きを体感し、現代のファッションを通して日本を象徴する衣装の進化を目撃してはいかが?

The Conversation


Rosanna Rios Perez, Robert and Lisa Sainsbury Fellow (SISJAC), University of East Anglia

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

対談
為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 セカンドキャリアの前に「考えるべき」こととは?
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

マスク氏、歳出法案を再度非難 支持する議員は議席失

ビジネス

インタビュー:戦略投資、次期中計で倍増6000億円

ワールド

トランプ氏、イスラエル首相と来週会談 ホワイトハウ

ビジネス

ロビンフッド、EU利用者が米国株を取引できるトーク
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とんでもないモノ」に仰天
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 5
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引き…
  • 6
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 9
    顧客の経営課題に寄り添う──「経営のプロ」の視点を…
  • 10
    飛行機のトイレに入った女性に、乗客みんなが「一斉…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中