最新記事
スポーツ

選手の「脳」より大事なものが? なぜアメフトは頭部の保護に「不十分」なヘルメットを使い続けるのか

The Helmet’s Real Aim

2024年2月23日(金)09時47分
ノア・コーハン(ワシントン大学〔セントルイス〕アメリカ文化研究所副所長)
アメリカンフットボールのヘルメット

ヘルメットの色やデザインはファンのアイデンティティーを支え、チームとの一体感を強める(NFLカンザスシティー・チーフスのファン) ANDREAS ARNOLDーPICTURE ALLIANCEーGETTY IMAGESーSLATE

<アメリカンフットボールでは、安全でもカッコ悪いギアは許されない。選手が直面する脳震盪の脅威より大切なのはブランディング>

科学者たちは欲求不満を募らせている。アメリカンフットボールで使われているプラスチック製のヘルメットでは、深刻な頭部外傷を防げないという科学的な証拠が次々と出てきている。それなのに、試合は今日も続いているのだ。

2022年3月にNFL(全米プロフットボールリーグ)は頭部の接触が多いポジションの選手に、トレーニングキャンプとプレシーズンの練習中にヘルメットの上から「ガーディアンキャップ」の着用を義務付けた。昨年3月からはレギュラーシーズンとポストシーズンでも接触を伴う練習で義務付けられ、対象となるポジションも増えた。

ガーディアンキャップとは、衝撃を吸収するソフトシェルのパッドでできたヘルメットカバー。NFLは22年9月に、着用により脳震盪(のうしんとう)の発生率が52%減少したと発表した(これには「お手盛り」の統計だという批判もある)。

しかしNFLや大学のチームは、不格好なガーディアンキャップのレギュラーシーズンでの使用を真剣に検討したことがない。そして科学者は、この装具がNFLで全面的に採用されたとしても、安全面に意味のある変化をもたらすとは考えていない。

フットボールの歴史の初期から続くこの問題について、医学界は社会の認識を高めようと努力を続け、近年は脳震盪の危険性が広く知られるようになった。大きなきっかけは、1970年代から80年代にNFLで活躍したマイク・ウェブスターが02年に50歳で死亡し、解剖の結果、慢性外傷性脳症(CTE)と診断されたことだ。今ではアメリカ人の大半が、フットボールは安全ではないと考えている。

ただし、フットボールの危険性や、最新モデルのヘルメットにも科学的な効果はないといった冷静な議論は、肝心なことを見逃している。多くのファンにとってヘルメットとそのロゴは、ある意味、その下にある脳より大切なのだ。

テレビで映えるデザイン

プラスチック製ヘルメットの側面のスペースは80年以上前から、高校や大学、NFLチームの本拠地など、アメリカのコミュニティーを定義するシンボルを描くキャンバスになっている。哲学者のエリン・ターバーが言うように、「熱心なスポーツファンの世界は......アメリカ人が個人とコミュニティーのアイデンティティーを創造して強化する主な手段」であり、ヘルメットのロゴはその要だ。

ミシガン大学の「翼の生えた」ヘルメットやダラス・カウボーイズの星など、ヘルメットのデザインは選手、ファン、そして消費者を引き付けてやまない。数万人の学生、数十万人の卒業生、数百万人のファンを擁する公立大学や、市民や地域の誇りを背負う数十億ドル規模のクラブの象徴となり、途方もない価値を生むブランドの重要なアイコンとなっている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「同意しない者はFRB議長にせず」、就任

ワールド

イスラエルのガザ再入植計画、国防相が示唆後に否定

ワールド

トランプ政権、亡命申請無効化を模索 「第三国送還可

ワールド

米司法省、エプスタイン新資料公開 トランプ氏が自家
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 5
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 8
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    楽しい自撮り動画から一転...女性が「凶暴な大型動物…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中