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イラン攻撃

核合意寸前、米国がイラン攻撃に踏み切った理由

Iran has been attacked by US and Israel when peace was within reach

2026年3月2日(月)15時06分
バモ・ヌーリ(ロンドン大学シティ・セントジョージ校国際政治学部名誉研究フェロー)
イランの報復ミサイルを迎撃するイスラエル

イランの報復ミサイルを迎撃するイスラエルの防空システム(3月1日、エルサレム) REUTERS/Ilan Rosenberg

<外交は武力に優先するという戦後秩序の原則を反故にした攻撃の背景には、中東情勢は安定よりも緊張の方が都合がいい事情があったのではないか>

米国とイランの交渉団は2月26日、スイスのジュネーブで核協議を行った。仲介にあたった関係者によれば、ここ数年で最も真剣かつ建設的な協議だったという。仲介国オマーンのバドル・アルブサイディ外相は「前例のない率直さ」があったと公に語り、双方が自らの立場に固執するだけではなく、新たな枠組みを探っていたという。

議論では核開発の制限や制裁緩和をめぐり柔軟な姿勢が示され、数日以内には原則合意が成立し得たと、ある仲介者は明らかにした。合意履行のための詳細な検証体制は、その後数カ月以内に整備される見通しだった。イラン攻撃が始まったのは、その矢先の2月28日だった。

見せかけだけの協議ではなかった。各国は本気で譲歩を模索していた。イラン当局は、米国の国内政治を踏まえた提案を提示した。エネルギー分野へのアクセスや経済協力の可能性も含まれていた。ドナルド・トランプ米大統領が2018年5月に離脱した2015年の核合意よりも厳しく、米国に有利なものとして打ち出せるよう配慮した内容だった。

弾道ミサイルや地域の代理勢力といった対立の大きい問題は当面の枠組みから外れていたが、イラン政府は米政府が求める政治的な演出を理解しているように見えた。その協議のさなかに、攻撃によって合意への道は閉ざされた。

オマーン外相、攻撃前日に米説得を試みたが

交渉が合意寸前にまで近づく一方、軍事的エスカレーションも差し迫っていると察したオマーンのアルブサイディは、外交の道をつなぎとめる最後の試みとして、急きょワシントンに飛んだ。

表に出ない仲介者としては異例の対応として、アルブサイディは27日、CBSテレビに出演し、協議がどこまで進展したかを説明した。

高濃縮ウランの在庫を解消し、既存の核物質をイラン国内で低濃縮化し、国際原子力機関(IAEA)による全面的な査察を受け入れるという内容だった。IAEAの査察に米国の検査官が加わる可能性も示された。イランは濃縮を民生目的に限定すると約束した。

原則合意は数日以内に署名可能だったとアルブサイディは述べた。差し迫る戦争を回避するため、合意直前の交渉内容を明らかにするという思い切った発言だった。

だが米国とイスラエルは外交の決着を待たず、イラン各地に攻撃を開始した。テヘランや他の都市で爆発が報告された。トランプは「大規模な戦闘作戦」を発表し、核やミサイルの脅威を排除するために必要な措置だと説明。イラン国民に今こそ指導部を打倒する機会だと呼びかけた。イランは、中東の米国の同盟国や米軍基地を標的にミサイルとドローンで反撃した。

注目すべきは、外交が失敗したという事実だけではない。目に見える進展のさなかに頓挫させられた点だ。仲介者は実行可能な枠組みを公然と議論し、イランも柔軟性を示していた。

核エスカレーションを抑え込む道筋は具体性を帯びていた。その局面で軍事的エスカレーションを選択したことは、外交は武力に優先するという戦後秩序の原則に対する挑戦だ。外交が進展していても、武力行使が避けられる保証はないということを示している。

しかも今回の場合、平和は甘い幻想ではなく十分に現実的だった。

ジュネーブでのイランの対応は戦略的なものであり、屈服ではなかった。エネルギー協力を含む経済的インセンティブを提示したのは一方的な譲歩ではなく、米政府と持続可能な合意を形づくるための計算された妥協だった。

交渉の核心ははっきりしていた。強制力のある制限と検証を通じて核開発計画を抑制し、制裁や武力の威嚇が防ごうとしてきた核拡散リスクそのものに対処することだった。

協議は言葉の応酬を超え、具体的な提案の段階に進んでいた。数年ぶりに、核問題の安定化に向けた信頼できる前進が見られた。その交渉の時間枠のなかで攻撃に踏み切ったことで、米国と同盟国は外交の窓を閉ざしただけでなく、交渉に対する米国の関与の持続性に疑念を生じさせた。

イラン政府や他の敵対国にとってのメッセージは明確だ。交渉がうまく行っているように見えるときでも、いつ武力に置き換えられるかわからないということだ。

イランはイラクやリビアとは違う

エスカレーションを支持する立場からは、2003年のイラクや2011年のリビアが、圧力による迅速な体制崩壊の前例として挙げられることが多い。しかしその比較は誤っている。

サダム・フセインのイラクとムアマル・カダフィのリビアは、いずれも一人の独裁者に強く依存した体制で、支えているのは限られた側近だけだった。その中枢が取り除かれれば、構造全体が崩れた。

イランの構造は異なる。王朝的な独裁ではなく、重層的な制度、イスラム教義に裏打ちされた正統性、革命防衛隊を含む強固な治安機構を備えた国家だ。その統治は、数十年かけて培われた宗教的・政治的・戦略的な国家観と結びついている。制裁や地域的孤立、継続的な外圧に直面しても崩壊しなかった。

2025年に12日間にわたって続いた米国とイスラエルの作戦でも、テヘランの報復能力を排除することはできなかった。国家は崩れるどころか圧力を吸収し、応じた。このような体制に最大限の武力を行使しても、崩壊が保証されるわけではない。

むしろ内部の結束を強め、指導部が長年強調してきた外部からの攻撃という物語を補強する可能性がある。

体制転換という幻想

攻撃の理由をめぐる言説はすでに戦術的目標から体制転換へと軸足を移しつつある。米国とイスラエルの指導者は、軍事行動を単なるミサイルや核能力の無力化ではなく、イラン国民が政府を打倒する機会として描いた。武力による体制転換という発想は、歴史的に見ても大きなリスクを伴う。

イラク侵攻は警鐘となる事例だ。米国は10年以上にわたってイラクに複数の反体制勢力を育成したが、中央集権的な国家機構を解体した結果は混乱と反乱、分断だった。その空白はイスラム国(ISIS)のような過激組織の台頭を招き、米国は再び長期の紛争に巻き込まれた。

同じ前提でイランに向き合えば、その制度的な強靱さや地域地政学の複雑さを見誤ることになる。中東の宗派対立、固定化した同盟関係、代理勢力のネットワークを踏まえれば、イランの不安定化が国内だけにとどまるとは考えにくい。国境を越えて急速に拡大し、長期的な対立に発展する可能性がある。

エスカレーションに備えた地域構造

イランは外部からの軍事介入を抑止し、介入があっても作戦を複雑かつ高コストにするため、非対称戦力に多額の投資を行ってきた。ミサイルやドローン、海軍戦力を強化し、世界のエネルギー輸送の要衝であるホルムズ海峡沿いに展開、地域の同盟勢力や民兵ネットワークと結びついている。

現在のエスカレーションでは、テヘランはすでに湾岸地域の米軍基地や同盟国領土に対し報復のミサイル/ドローン攻撃を開始した。テヘラン、コム、イスファハンなどイランの都市に対する米国とイスラエルの攻撃への直接的な対応だ。

イラク、バーレーン、アブダビとドバイを含むアラブ首長国連邦、クウェート、カタールが標的となり、バーレーンとアラブ首長国連邦では爆発が報告された。アブダビでは少なくとも1人の死亡が確認され、米軍要員を擁する複数の基地が攻撃または標的となった。攻撃は、仲介国のオマーンにも及んだ。紛争はすでにイランの国境を越えて拡大している。

1週間前と比べ、全面的な地域戦争の可能性は高まっている。誤算は複数の国家を紛争に引き込み、宗派対立を激化させ、世界のエネルギー市場を混乱させかねない。本来は限定的な核問題にとどまるはずだった対立が、より広範な地政学的衝突へと拡大するリスクがある。

トランプの約束はどこへ

トランプは「終わりなき戦争」に反対し、イラク侵攻を批判する立場で政治的基盤を築いた。「アメリカ・ファースト」は戦略的自制と強硬な交渉、無期限の軍事介入回避を掲げていた。外交交渉が進展していた局面で軍事的エスカレーションに踏み切ったのは、その立場と矛盾する。

米国の中東戦略の真の目的をめぐる疑念も再燃した。実効性のある核合意の実現が現実味を帯びていたのに軍事力行使を選んだのは、持続的な平和より緊張の方が特定の戦略的志向に適うからではなかったのか。

攻撃を発表したマール・ア・ラーゴでの演説は、2003年のイラク侵攻前のジョージ・W・ブッシュを想起させた。軍事行動は不本意だが必要な先制措置だと位置づけられ、「力による平和」が強調された。忍耐が尽き、脅威が顕在化する前に対処するというトランプの論法は、バグダッド進軍を正当化したブッシュの言葉と重なる。

類似は理屈だけにとどまらない。ブッシュはイラク戦争を武装解除であると同時に解放であると位置づけ、独裁からの自由を約束した。トランプもイラン国民に国を取り戻すよう促し、武力行使と体制転換を暗に結びつけた。

イラクでは、衝撃と解放は迅速な民主化ではなく長期の不安定をもたらした。軍事力で外部から政治体制を再編できるという前提はすでに試され、その代償は今も明らかだ。

いま米国が直面している真の課題は、イランの軍事力そのものではない。信頼性だ。外交で歩み寄っても、次の瞬間には打ち切られ、武力で上書きされかねないという認識が広がる。

もとより、核合意と平和は保証されていたわけではない。人権問題や代理勢力の問題にもまだ手付かずだった。それでも核開発問題に限定した合意は想定以上に進展し、実現に近付いていた。その架け橋を破壊することは、一つの合意を壊す以上の意味を持つ。交渉という手段そのものへの信頼を損ないかねない。

国家間の信頼が失われれば、抑止のための軍拡が行われ、合意ではなく武力が国際政治の既定の言語となる。我々が今目の当たりにしているのは、ルールに基づく秩序が歴史の記述へと押しやられるもう一つの明確な兆候だ。

The Conversation

Bamo Nouri, Honorary Research Fellow, Department of International Politics, City St George's, University of London

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.



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