アステイオン

追悼

考えることの根幹を教えてくださった恩師、山崎正和先生

2022年08月19日(金)07時57分
林 公子(近畿大学文芸学部教授)

高校における演劇教育の実現にも尽力された。昭和60年に、全国で初めて設置された高校演劇科である兵庫県立宝塚北高校演劇科の設立に先生は深く関わられた。

開設後も特別講義を担当され、先生の授業は高校生にも人気だったと聞く。演劇を高校の正科にという要望は、以前から演劇研究者・演劇人の間から出ていたのだが、実現の見込みがなかったため、演劇科設置に活路を見出されたと伺った。

現在では私立高校も併せて9校に演劇系の科(名称は舞台芸術科、芸能文化科等もある)が設置されている。

先生は阪大におられた時期は大変お忙しく、大阪と東京を行き来しておられたのだが、講座の新歓コンパや夏合宿には、必ず来られた。夏合宿では、4年生が卒論中間発表を行う慣例だったが、先生は時に学生の発表を厳しく追求された。

叱責されるのではないが、準備の甘い部分について、発表の論理的な矛盾を容赦なくどこまでも突かれるのである。

合宿なので都会を離れたところに出かけるのだが、中間発表が一向に終わらず、昼間は散策の時間もないこともあった。

当時、卒論の口頭試問は美学科6講座合同で行われていたのだが、特に恐い先生が3人おられて、学生の間では三恐とひそかに怖れられていた。山崎先生は質問がカミソリのように鋭い試問官として、その一人に入っておられたのであった。

しかし、合宿の夜は和気藹々と先生もともに楽しい宴となった。お酒の席では先生はいつも快活で、話題が尽きなかった。

先生は暑さが苦手でいらっしゃった。夏合宿では、幹事役の学生に必ず冷房の部屋がある宿にするようおっしゃっていたのを思い出す。

新歓コンパの方はだいたい5月半ばの爽やかな頃に行われるのだが、先生は学生たちと一緒にキャンパスから会場に向かわれつつ、毎年、「気持ちのよい季節も今日まで、という感じだね」と楽しそうに言われた。

初夏の爽やかな季節になると、今でも、先生のよく響く声が思い出される。


林 公子(HAYASHI Kimiko)
1957年生まれ。大阪大学文学部美学科音楽学・演劇学専攻卒業。同大学院博士課程芸術学専攻単位取得退学。大阪大学文学部助手などを経て、現職。専門は日本芸能史・歌舞伎史研究。主な著書に『馬琴の戯子名所図会をよむ』(共著、和泉書院)、『歌舞伎をめぐる環境考』(晃洋書房)などがある。


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 『別冊アステイオン それぞれの山崎正和
 公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会[編]
 CCCメディアハウス[刊]

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