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文化

チャップリンと歌舞伎の<再会>

2020年02月19日(水)
大野裕之(日本チャップリン協会会長、脚本家)

それから数十年経って――。

21世紀になったばかりのある日、私は、松本幸四郎丈(当時は市川染五郎丈)が新聞で「戦前は『街の灯』が歌舞伎になっていました」と発言されているのを読んで驚き、当時の文献を調べてアメリカの書物に英語論文を寄稿した。それを読んだチャップリンの次女ジョゼフィンが、「父は歌舞伎が大好きでした。再演が実現したらきっと喜ぶでしょう」と言ってくれた。すぐさま幸四郎丈にお手紙を書き、『蝙蝠の安さん』再演プロジェクトは始まった。チャップリン家が『街の灯』のリメイクを許可したのは世界で初めてのことだった。

その後、2007年に、幸四郎丈とチャップリンの孫チャーリー・シストヴァリスと私とでチャップリンについてのシンポジウムを京都で開催したり、私が監修したNHKのチャップリン特集番組に幸四郎丈に出演いただいたりするなどことあるごとに再演の実現を訴えた。

結果的には、それから実現まで15年に及ぶ紆余曲折を経ることになり、20代だった私は45歳になったわけだが、今となってはその16年間は必要な時間だったとしか思えない。個人的には、その間、研究者としては第37回サントリー学芸賞をいただいた『チャップリンとヒトラー メディアとイメージの世界大戦』など4冊の単著をまとめ、映画では京都の時代劇の撮影所を舞台にした作品『太秦ライムライト』の脚本とプロデューサーを担当し、舞台では『音楽劇 ライムライト』で映画『ライムライト』の世界初の舞台化に脚本として携わった。本稿の編集の方から、様々なプロジェクトを並行して取り組みながら実現に至った「ご苦労も含めて」書いてくださいと言われたのだが、多くの方々のおかげで楽しく活動させていただいたので「苦労話」が書けず、逆に苦労している。ただ一つ言えるのは、映画・舞台の実践と研究の相乗効果は車の両輪となって、それぞれのプロジェクトを前に進めてくれた、ということだ。そうして、満を持して喜劇王生誕130年の昨年に実現したのはやはり運命だったのだろう。

台本は当時のものをテンポアップさせ、チャップリン家からの意見も取り入れて、完全にチャップリンであり、最高の歌舞伎作品となった。衣裳とメイクは初演を踏襲せず、今回のために幸四郎丈が考え抜いたものだ。モノクロの衣裳に一輪の花の色彩は、まさに冷たい現実に咲くチャップリンの愛の温もりを感じさせる。浮浪者キャラである蝙蝠安を、当代の二枚目俳優幸四郎丈が白塗りで演じる、そのことが「放浪者」にして「紳士」であるチャップリンの多面性を見事に表現している。

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