『オーストラリアのガラパゴス島 Australia's Galapagos Island』とも呼ばれる、カンガルー島。

約1万年前の海面上昇でオーストラリア本土から切り離されたため、島に取り残された生き物たちが島の環境に適応、進化し、固有の生態系が築かれてきた『野生動物の楽園』だ。

初めてこの島を訪れた時、まさに『野生動物の楽園』だと思った。島内には、島の名称にもなっているカンガルーはもちろん、コアラやワラビーなどが多く生息し、簡単に野生下で見ることができた。海岸へ行けば、アシカやオットセイ、ペンギンなどが、間近で見られ、それはまるで『檻のない動物園』のようだったのだから。

しかし、前編に書いたように2019-2020年の大規模森林火災で、島面積の約半分、東京都とほぼ同じ面積が焼けてしまった...

あのアシカやオットセイの楽園は、どうなっているのだろうか?

そして、島の案内人・ガイレーンさんの言う『大規模な火災によって起きた新たな問題』を確かめに、まずは、1年前の火災がまだ鎮火していない時には、通行止めになっていて行くことができなかった「フリンダース・チェイス国立公園」へ向かうことにした。

壊滅的な火災に耐えた島のシンボル、奇岩リマーカブル・ロックス

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火災直後は、緑は一切ないほどの焼野原だったが、焼けた木からも新芽が吹き出し、少しずつ回復し始めていた。(2021年3月 筆者撮影)

面積の98%が被災し、壊滅的なダメージを受けたフリンダース・チェイス国立公園内には、島のシンボルともいえる奇岩「リマーカブル・ロックス」がある。

まるで自然が造り上げたアートのように、複雑で滑らかな形状をした奇岩群は、青い海を見下ろす緑の原野に忽然と現れる。岩肌は赤みを帯び、海の青と周囲を取り囲む低木の緑とのコントラストが美しい場所だ。

1年前の森林火災で、このリマーカブル・ロックス周辺は激しく燃えた。

今回、訪れてみると、周囲の低木はほぼ完全に焼き尽くされ、奇岩へと続く木道や展望台は跡形もなく焼失していた...

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赤い岩肌が海の青に映えるカンガルー島のシンボル的存在「リマーカブル・ロックス」。(2021年3月 筆者撮影)

しかし、岩は猛威を振るう火に耐え、約5億年の歳月をかけて造られた自然の造形物は、その姿をより際立たせていた。岩場を囲む原野では、燃えて炭状になった木々の根元や大地に落ちた種から新たな芽が吹き始め、以前のような風景を取り戻しつつあった。

赤い岩肌がよく見える少し高い場所に立ち、大きく深呼吸をしてみる。南極大陸から吹いてくる少し冷めたい風は昔と同じように心地よく、目の前には変わらぬ美しい海が広がっていた。

アシカやオットセイの家族が昼寝する美しい海岸へ

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幸せそうな顔でシール・ベイの砂浜に寝転ぶオーストラリア・アシカの家族。(2021年3月 筆者撮影)

島南部の海岸には、アシカやオットセイを間近に観察できるところが点在している。

フリンダース・チェイス国立公園の南西端には、「アドミラルズ・アーチ」と呼ばれる自然の造形が見どころのスポットがあり、周辺には、ロング・ノーズド・ファー・シール(旧名ニュージーランド・オットセイ)の群れが生息している。

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上/アドミラルズ・アーチ。下/周辺の岩場でくつろぐオットセイの家族。(2021年3月 筆者撮影)

壊滅的なダメージを受けたフリンダース・チェイス国立公園だが、このアドミラルズ・アーチ周辺は、奇跡的に火災から免れたそうだ。

オットセイたちは、火が迫っても海へ逃れることができるだろうが、崖下へと続くアドミラルズ・アーチの展望台への木道も無傷だったのは、まさに奇跡かもしれない。

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火災から免れたアドミラルズ・アーチ周辺。木道もそのまま残り、これまで通り、美しい海を臨むことができる。(2021年3月 筆者撮影)

また、絶滅が危惧されるオーストラリアの固有種「オーストラリアン・シーライオン(オーストラリア・アシカ)」の群れが間近で見られる南部の「シール・ベイ自然保護公園」は、火の手が回らず、無事だった。

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上/砂浜から続く緑地帯にもアシカの親子があちこちに寝転んでいる。下/アシカの近くに必ずいるオオアジサシの群れ。(2021年3月 筆者撮影)

以前と変わらず、砂浜にゴロゴロと寝ころんでいるアシカの家族。その幸せそうな寝姿に思わず笑みがこぼれ、なんだか幸せな気分にさせてくれるほど、のどかだ。

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独特の海の色が美しい「ビボンヌ・ベイ」。(2021年3月 筆者撮影)

ただ、ターコイズ・ブルーの美しい海に緑が映える手つかず自然が自慢の「ビボンヌ・ベイ」は、陸地部分の雑木林や低木の緑地に火の手が回り、かなり激しく燃えたようだった。

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ビボンヌ・ベイ周辺は激しく燃えたが、緑がかなり回復し始めているのがわかる。(2021年3月 筆者撮影)

それでも海は相変わらず美しく、静かに波が打ち寄せていた。

周囲の緑地には、新しい芽が出、再生が始まっている。来年にはもっと緑が回復し、長い弧を描く湾との美しいコントラストを見せてくれることだろう。

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絶滅の危機を乗り越えた島固有の野生動物たち

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オーストラリア西部に生息する「クロカンガルー」が島の気候に適応し、カンガルー島だけに生息する亜種となった「カンガルー・アイランド・カンガルー」。(2021年3月 筆者撮影)

約1万年前、本土と分離した際に島に取り残された動物たちは、長い年月をかけて島の環境に適応し、この島だけに生息する固有種(亜種を含む)となったものも多い。

森林火災で多くの動物が犠牲になったが、最も危惧されたのは、ネズミほどの小さな有袋類「カンガルー・アイランド・ダナート」と「テリクロオウム」だ。

火災が最も酷かった島の南西部が主な生息地である固有種のカンガルー・アイランド・ダナートは、すみかの約95%を失ってしまった...

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南オーストラリア州本土側では絶滅してしまった「テリクロオウム」の亜種で、カンガルー島だけに生息する。野生下にて撮影。(PHOTOGRAPH BY MASAHIRO HIRANO)

テリクロオウムは、生息地の約75%が焼失。唯一の餌であるモクマオウ科の植物「シー・オーク」の大半が火災で焼けてしまったことから、種の存続が危ぶまれる事態となった。

どちらも、もともと個体数が減少し、野生動物ボランティアによる個体数回復のための保護活動が行われてきていたところへ、大規模な火災に見舞われたことで、当時は絶滅が危惧されていた。

火災収束後、生き残っていたことが確認され、私を含む多くの人が安堵したが、生息地の大半を失ってしまったことから、餌や巣を作る場所などの問題が残っている。これからも、まだまだ長い闘いが続くのだろう...

火災収束後、地元ボランティアらによって、その姿が確認され、火災から生き延びられたことがわかった「カンガルー・アイランド・ダナート」発見時の様子。(Finding Kangaroo Island Dunnarts After The Fires | WWF-Australia)

火から免れることができた固有種のカンガルーやこの島を含む限られた一部のみに生息するワラビーたちは、被災していない場所へ移動できたようで、以前と同じように、自由に草原を跳ね、草を食む姿があった。(このページのトップ画像)

多くの種が、火災で生息地の大半を失ったが、島の人々と各地から駆け付けた多くのボランティアらの努力もあり、絶滅を防ぐことができたことは、この島だけでなく、オーストラリアにとって『希望の光』となっている。

大規模森林火災が招いた新たな問題

島南部の気になっていた場所の現状を見届けた後、ガイレーンさんが憂慮する、『大規模な火災によって起きた新たな問題』を確かめに行くことにした。

そこは、商業化のために、人工的に移植された「タスマニア・ブルーガム(ユーカリの一種)」のプランテーションだった。ガイレーンさんは、「ごめんねー」と言いながら、芽を出して間のないタスマニア・ブルーガムを引き抜き、こう言った。

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火災で焼けたタスマニア・ブルーガムのプランテーション。燃えた木からも新芽が吹き出している。(2021年3月 筆者撮影)

「火災によってブルーガムから種が飛び、国立公園内などのあちこちで芽吹き始めてしまった。これは、本来この島に存在しない植物です。このままでは、島の生態系が崩れてしまう恐れがあります」

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左/プランテーションに隣接する保護区で在来種との違いを説明するガイレーンさん。右上/除去されたタスマニア・ブルーガム。右下/在来種が自生する場所からプランテーションを眺める。(2021年3月 筆者撮影)

オーストラリアは、地域によって気候が異なることもあり、各地でそれぞれ個性的な植生が育まれている。異なる地域から持ち込まれた植物が優勢になると、在来種が絶えてしまう恐れがあり、それに依存するすべての生態系のバランスが崩れてしまう。そのため、他州からの植物や種子などの持ち込みについて、厳格な規制がある。

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カンガルー島だけに自生するミカン科の固有種「ラウンド・リーフ・コレア」。(2021年3月 筆者撮影)

しかし、1990年代後半の植林事業推進政策で税制優遇措置等が後押しし、この島でも大規模なプランテーションが行われてきた。それが裏目に出てしまった形だ。(参照

こうした外来種による生態系へのインパクトをなんとか食い止めようと、今、地元の人々がボランティアで除去作業に当たっていると、ガイレーンさんは話してくれた。

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壊滅的なダメージを受けた「フリンダース・チェイス国立公園」のバンカー・ヒル展望所からの眺め。まだ焼け跡が痛々しく残るが、昔から火と共に生きてきた逞しい植物たちは力強く芽を出し、森を再生し始めている。(2021年3月 筆者撮影)

島は今、新型コロナウイルスの影響で海外からの旅行者が来ることができず、観光業は大きな打撃を受けている。しかし、地元の人々は、観光客の少ない静かなこの時期を無駄にせず、火災前の豊かな自然を取り戻そうとしていた。

これからもずっと、「檻のない動物園」のように動物たちがのびのびと暮らしていけるよう、私もこの類まれなる島へ常に心を寄せ、復興を見守っていきたいと思う。

そして、自由な行き来が戻ったら、ぜひ、復興した島を見に行ってみて欲しい。そこには、驚くような『野生動物の楽園』が待っているはずだから...

★この「森林火災被災地 カンガルー島、復興の記録」のコラムは、前編と後編(=これ)に分かれています。前編はこちら。

【関連リンク】
カンガルー島ガイド(日本語) :オーストラリア政府観光局
野生動物パラダイス! 南オーストラリア州 カンガルー島

※以下で1年前の火災当時の島の様子をリポートしています。当時の写真も多く掲載していますので、よかったら合わせてお読みください。
カンガルー島は元気です!Part 2 ~森林火災の実際の被害状況とコアラの現状と未来

Special thanks to:Tourism Australia, South Australian Tourism Commission, Kangaroo Island Odysseys, Seal Bay Conservation Park