アラブ諸国とイスラエルとの国交正常化の動きが、ここにきて停滞の動きを見せ始めている。先月14日のアラブ首長国連邦(UAE)・イスラエルによる和平協定の締結合意を受け、アメリカは他のアラブ諸国のイスラエルとの和平実現のためテコ入れを行ってきた。26日のポンペオ国務長官の中東歴訪に続き、今月はクシュナー大統領上級顧問も同地域を訪問しているが、少なくともUAEに続く最有力候補のひとつとされたバーレーンは二度の会談後も引き続き消極的な姿勢を保っている。
イスラエルのエルアル航空によるUAEへの歴史的なフライトが実現した8月31日は、トランプ政権が推し進める中東和平を裏付ける一日となった。テルアビブを離陸したLY971便は、サウジアラビア政府の同意を得て同国上空を通過し、UAEの首都アブダビへと降り立った。イスラエルの民間航空機がサウジアラビアの上空を飛行したということは、UAEによるイスラエルの和平の試みを湾岸諸国が積極的に後押ししていることを意味している。ただ、UAEとイスラエルとの和平実現を支援しているからといって、他の湾岸諸国がUAEのようにそのまま追随することを意味するわけではない。
イスラエル、UAEと順調に成果をアピールしてきたクシュナー氏が次に向かった先はバーレーンだった。9月1日、クシュナー氏はバーレーンのハマド国王と会談を持ち、ポンペオ氏同様、同国に対してイスラエルとの和平への協力を要請した。しかし、ハマド国王は、イスラエルとの和平実現にはパレスチナ国家の樹立が先決との立場を崩さず、UAEへの追随を事実上拒否した。バーレーンとしては、早急にイスラエルと和平交渉入りするにはあまりにも難題が多かったようだ。
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前回の記事では、バーレーン政府がイスラエルとの和平交渉に挑むうえでリスク要因となる、国内の反政府勢力およびイランの問題について紹介した。イスラエルとの直接的な対立関係がないバーレーンにとって、現実的な脅威は常に対岸の大国イランであるということに変わりはない。だが、イスラエルとの和平交渉入りは国内の反政府勢力を刺激する材料になる以上、このタイミングでアメリカの要請に答えることはできなかった。このあたりについて、バーレーン国内で話を聞いたところ、同国の過去の経験が少なからず影響したのではないか、との意見があり、私自身も非常に興味深く感じたので、ここで紹介したい。
バーレーンは2011年、多くのアラブ諸国と同様、大規模な反政府デモを経験している(アラブの春)。湾岸諸国で最大となった同国のデモは、当初は純粋に政治改革を求めるものであったが、体制の転換を目指すシーア派反政府勢力の政治主張を嫌ったスンニ派住民や穏健派のシーア派住民が離脱、より過激なデモへと変化していった。バーレーンには米海軍の第五艦隊の司令部が置かれているが、この政治的危機のなか、当時のオバマ政権はバーレーンの体制を守るための具体的な行動を何も起こさなかった。アメリカの静観をよそに、バーレーンの体制を守るために実際に動いたのは隣国のサウジアラビアを中心とするGCC合同軍であり、彼らの駐留が政変の阻止に繋がったという歴史がある。
近隣に住む友人の話とドライブしている際、私がイスラエルとの和平交渉についてさりげなく触れてみたところ、彼はこう呟いた。
「10年前、アメリカはバーレーンを守ってくれなかった。今回の件で仮にまた大規模なデモが起きたとして、アメリカはきっとまた動かないだろう。結局、困ったときに動いてくれるのはサウジアラビアだよ。」
現在、当のサウジアラビアはというと、イスラエルとの国交正常化はパレスチナ国家の樹立後になるとの姿勢を崩していない。UAEと異なり国内情勢が不安定化しやすいバーレーンは、自国の安全が確実に保障されない限り、サウジアラビアの対イスラエル政策に追随することになりそうだ。