5月14日土曜の夜、イタリアのトリノでユーロヴィジョン・ソング・コンテスト決勝大会が開かれた。ユーロヴィジョンの記事は去年も書いたけれど、ヨーロッパで戦争が起きる中での開催という意味で、今年の様子もご紹介したい。もちろん、話題になった曲や楽しい曲もご紹介するのでお楽しみに。
ユーロヴィジョン・ソング・コンテストは視聴者2億人以上と言われる世界最大規模の歌の祭典で、ヨーロッパ各国(となぜかイスラエルとオーストラリア)の代表歌手が出場して優勝を競う。衣装や演出が派手だったりユニークだったりして、目でも楽しむことができる華やかなステージなので、どうしても日本の紅白歌合戦を思い出す。わたしはこのお祭りの陽気な感じが好きで、渡英して16年、ほぼ毎年テレビで見続けている。
2020年はコロナで中止、去年はコロナが続く中での実験的開催、そして今年はヨーロッパ内で戦争が起きている中での開催だった。政治を持ち込まないのがユーロヴィジョンの決まりだけれど、今回は影響を避けられず、ウクライナに侵攻しているロシアとそれを支援するベラルーシは出場できなかった。
反対に、戦禍に苦しむウクライナはなんとか出場を果たした。今年の代表、カルッシュ・オーケストラ(Kalush Orchestra)のメンバーは全員が18歳から60歳男性で、本来なら国を守るためウクライナを出ることはできない。ユーロヴィジョンのために特別な許可を取って出場した彼らは、リハーサルも思うようにできなかったそうだ。
実は大会のずいぶん前から、優勝は同情票が入るウクライナに決まったも同然と言われていた。英国内の報道も友人たちの話も同じだったので、そういうものかなとは思ったけれど、自分では戦争の影響というものを予想しかねて、確信がもてないでいた。そういうわけで、今年は別の意味でもユーロヴィジョンに興味を持って観ることになった。
決勝には、出場40か国のうち、予選を勝ち抜いた25組が楽曲を披露した。何はともあれ、当日のパフォーマンスを駆け足で紹介した動画をどうぞ。
Listen to all 25 of this year's #Eurovision Grand Finalists in 60 seconds!
-- Eurovision Song Contest (@Eurovision) May 13, 2022
pic.twitter.com/wltQQwamuF
曲の中から印象に残ったものを独断で紹介すると、キャッチーな歌詞とメロディー、それに派手なダンスで盛り上げたルーマニア(国名をクリックするとユーロヴィジョンのYouTube公式アカウントから決勝での演奏が見られます。以下同様)、セクシーで激しいダンスを踊りながら息も音程も乱れなかったスペイン(肌を見せすぎという批判もあったけれど、個人的にはキュートだと思いました。結果は堂々の3位)、度肝を抜くバナナの衣装と不思議なダンスが観客も視聴者も沸かせたノルウェー、ステージ上で手を洗うシュールなパフォーマンスで国内の医療制度を歌ったセルビア、派手な曲に押されがちだけれど静かなハーモニーがさわやかだったポルトガルなど。もちろん正統派もいて、シンプルな演出で歌い上げたスウェーデンは、ユニークな個性派を押しのけて4位の好成績を残した。
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わたしがいちばん好きだったのはモルドバだ。キャッチーな歌詞と明るいメロディー、そこに陽気なアコーディオンとヴァイオリンが加わってノリノリ。楽しそうに歌って踊る姿からおかしみがあふれて、ユーロヴィジョンのお祭り要素が詰まっていた。結果は7位に終わったけれど、過去にも楽しいステージを見せてくれたモルドバにはこれからも注目していくつもりだ。
The Moldovan party train has arrived in Turin! All aboard! #Eurovision #ESC2022 pic.twitter.com/UZk01pRLoO
-- Eurovision Song Contest (@Eurovision) May 14, 2022
ユーロヴィジョンでは、審査員票が入った後に視聴者が演奏後に投票するポイントを加えて優勝を決める。ウクライナは審査員票では4位だったけれど、視聴者から過去最高の439ポイントを獲得して一気に1位に躍り出た。今年は意外にも高得点だった英国もこれには届かず、そのまま逃げ切った形で優勝した。
予想通り同情票だね、と早まるなかれ。同情票を入れる気持ちも支持するけれど、それだけで終わらせるにはウクライナの曲はとてもよかったのだ。哀愁漂う民謡風のメロディー、それに合わせたウクライナ語でのラップ、左右に振りながら片手で吹く姿が目を引くウクライナの笛、謎の衣装を着たメンバーと不思議なダンス、と、ユーロヴィジョンらしい要素がいい具合にミックスされていたし、楽曲自体も印象深かった。
カルッシュ・オーケストラが歌ったのは子守唄に乗せて母親を讃える曲で、タイトルの「ステファニア」はメンバーのひとりの母親の名前だ。国営放送BBCは、ウクライナでは今この曲が最前線で毎日流れていると伝えて、兵士が口ずさんでいるところをニュースで流していた。また、「母の姿と祖国を思う気持ちが重なる」「みんなが歌っている」「ヨーロッパ全体とウクライナをつなぐ曲」「この曲を通じてウクライナの現状に興味を持ってほしい」「ウクライナに音楽や文化があることを世界に知らせたい」というウクライナの人々の声も伝えている。
ちなみに、ユーロヴィジョンでの演奏とは別に、「ステファニア」には公式動画がある。廃墟と化したウクライナ各地で撮影されたこの動画では、はぐれた子どもを家族に送り届け、また戦場に戻っていく女性兵士を歌に乗せて映している。直視するのは心が痛むけれど、英語での歌詞も表示されているので、ご興味のある方はぜひ(→こちら)。
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ここで、われらが英国代表の話も少し。多くのビッグ・アーティストを排出している国なのに、英国はユーロヴィジョンでは圧倒的に弱い。近隣国同士で投票しあう「友だち票」も少なくて、ほとんど嫌われ者扱い。EU離脱後の去年の大会では、最後まで1ポイントも入らない(もちろん最下位)という不名誉な記録も作ったくらいだ。
ところが今年は前評判の段階から話が違っていた。TikTokのフォロワー1200万人の人気者、サム・ライダーの出場で期待が高まったのだ。彼が歌った「スペースマン」はどこかエルトン・ジョンを思わせ、一度聴いたらすぐに歌えるキャッチーなサビや彼の高音ファルセットが印象に深く残る。何よりサムはやたらに人がよさそうで、つい応援したくなってしまう(当日の全演奏はこちら)。
ウクライナには及ばず2位に終わったものの、英国にとってはこれはすばらしい成績で、翌日はトップニュースで報道されて大騒ぎになったた。今やメディアに引っ張りだこの彼は、目が回るよと言いながらにこにこしている。6月の女王の在位70周年記念のコンサートにも出演が決まって、これからますます活躍しそうだ。
Sam Ryder's career is now set for take-off after that heavenly rendition of Space Man! #Eurovision #ESC2022 pic.twitter.com/n9oUzWadh9
-- Eurovision Song Contest (@Eurovision) May 14, 2022
ユーロヴィジョンでは、優勝した国が翌年の開催国になるのがお決まりだ。来年5月までに、ウクライナは大きなイベントを開くほど復興できるのだろうか。そうなってほしいと願わずにいられないし、ゼレンスキー大統領も開催に意欲を見せているけれど、そう簡単なことではなさそうだ。ウクライナが難しいなら2位の英国や3位のスペインに、という話もあるし、今年の開催地トリノなど、すでに代わりに開催してもいいと申し出た国もあるようだ。わたしの周りでは「戦争さえ終わっていたらウクライナで開けるように他の国が支援するはず」という声も聞く。今大会で同情票が集まったのと同じ気持ちなのだろう。ウクライナでの開催が実現してもしなくても、ヨーロッパ全体が戦争に苦しむこの国を熱くサポートしていくことは間違いないようだ。
ユーロヴィジョンは今年も楽しかった。どうもありがとう。来年は平和が訪れていますように。
今年もユーロヴィジョンの様子は、番組のすべてをYouTubeで観ることができる。当日の盛り上がりをぜひ味わってみてください(→決勝の動画はこちら)。
今日のおまけ
ユーロヴィジョンでは、出場者の他にゲストのステージも楽しむことができる。今年は特に総合司会のひとり、ミーカがとてもよくて感激してしまった。司会では大げさなリアクションがちょっと気になっていたけれど、たくさんのダンサーを引き連れて歌う彼は輝いていた。明るくハッピーな選曲もお祭りらしいし、観客とのコミュニケーションが抜群に上手ですっかり引き込まれた。ハートが描かれた旗を観客と一緒に振ったり、指や手でハート形を作ったりしながら「少しの愛を(a little bit of love)」と歌いかける姿に励まされ、コロナ禍に続く悲惨な戦争の影響で、自覚しているよりずっと気持ちが沈んでいたことに気付かされた。今年のユーロヴィジョンにふさわしいエンターテイメントだったと思う(当日の彼のステージはこちらからどうぞ)。ちなみにわたしはその後ミーカを聴きまくっています!
It's SO good to see @mikasounds up on the #Eurovision stage! pic.twitter.com/RyNDscxGlh
-- BBC Eurovision (@bbceurovision) May 14, 2022